2023年6月号
特集
わが人生のうた
インタビュー①
  • 画家野見山暁治

102歳の巨匠きょしょう

いま、この時を生きる

画家・野見山暁治氏は、102歳のいまなお絵筆を執り続けている。
「特別に仕事に打ち込んでいる感覚はない」と笑う野見山氏だが、常にテーマを持ってキャンバスに向き合うなど、その創作意欲は衰えを知らない。戦争体験や戦没画学生の絵を集めた「無言館」の創設などこれまでの人生を振り返りながら、長年一道に生きてこられた現在の心境をお話しいただいた。

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絵筆で宇宙空間を表現

——野見山先生は102歳のいまも、唐津からつ湾を一望できるこの糸島(福岡県)のアトリエで絵筆を執り続けていらっしゃいますね。

絵筆を執り続けるとおっしゃいましたが、僕には特別に仕事をしている感覚はありません。「ちゃんと飯を食べている」というのと同じでね、絵は生活の一部になっている。大体朝8時頃に起きてご飯を食べて、小1時間朝寝をした後にアトリエに入って、お昼を食べてまた昼寝。だから、絵を描くというより、ほとんど寝てばかりです(笑)。
僕は糸島と東京にアトリエがあるんです。糸島のアトリエで生活するのは例年夏から秋にかけてですから、本当ならいまごろ東京にいるはずなのですが、昨年(2022年)の秋、夜中にトイレに行こうとして倒れましてね。鎖骨さこつを折って動けなくなってしまった。2か月後には創作を始められるようになりましたが、こうして杖を突きながら何とか歩いている状態です。

——アトリエには制作中の絵がいくつも並んでいます。強い筆のタッチがとても印象的です。

この年になっても絵が描けるのは大変恵まれたことだと思っています。僕は子供の頃から絵描きになろうと思ったことはないんです。好きで絵を描き続けているうちに、気がついたらここまで来てしまいました。

——お聞きしたところでは、常にご自身の絵の課題を持ちながらキャンバスに向き合っていらっしゃるとか。

はい。5年ほど前は川一面に密集した鳥が一斉にパーッと飛び立った後の川の静けさみたいなものを描きたいと思っていましたが、それは昔の話で、いまはまた違う(笑)。
というのも、「待てよ」と思ったんですね。鳥が飛び立った後、そこには何もなくなったように見えるけれども、何か大きな存在感のようなものがあったはずだと。その存在感は一体何だろう、それを引き出すところに、いま自分のテーマが向かっているのではないかと。
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、一種の宇宙空間を自分で組み立てている感覚です。宇宙の持っている広がりや強さ。そこに向かって空気全体が集中し、発散していく。そういう力を持っている絵になればいいなと思っているんです。まぁ、これも言葉で言えばそういうことになるけれど、制作中に「これが宇宙か」なんてことをいちいち考えているわけではありません。

画家

野見山暁治

のみやま・ぎょうじ

1920年福岡県生まれ。1943年東京美術学校(現・東京藝術大学)油画科を卒業。応召。戦後は1952年より渡仏。1956年サロン・ドートンヌ会員。1958年安井賞受賞。1968年東京藝術大学助教授就任。後に教授。1977年『祈りの画集』(共著、日本放送出版協会)出版。1992年第42回芸術選奨文部大臣賞など受賞多数。2000年文化功労者。2014年文化勲章受章。