2017年11月号
特集
一剣を持して起つ
対談
  • エリーパワー社長吉田博一
  • SBIホールディングス社長北尾吉孝

我ら一剣を持して
この道を歩む

69歳で起業。今後のエネルギー問題のカギを操るリチウムイオン電池の開発に、80歳のいまもなお情熱を燃やす吉田博一氏。その吉田氏を支援し、自身も200社超のグループを擁する起業家とし二て金融界に新たな地平を開き続ける北尾吉孝氏。それぞれの道で一剣を持して歩んできたお二人に、事業に懸ける思い、人生に対する信条を語り合っていただいた。

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狂人走れば不狂人も走る

吉田 こちらは確か、北尾さんから当社に最初にご出資をいただいた時に、面談していただいたお部屋ですね。

北尾 あれは5年ほど前でしたね。

吉田 ええ、平成24年でした。北尾さんのことはそれ以前からよく存じ上げていて、優れた目利きであるとともに、非常にチャレンジングでパワーのある方だという印象を持っていましたから、幾分緊張しながらお話をさせていただいたのを思い出します(笑)。

北尾 大先輩の吉田さんが、何をおっしゃいますか(笑)。
私はこれまで1,000社以上のベンチャー企業に投資をしてきて、お目にかかった社長さんは2万人近いと思いますが、吉田さんのように69歳で起業なさった方は初めてでした。しかもリチウムイオン電池という、最先端の分野に挑戦なさろうというわけですから驚きですよ。

吉田 それでも伊能忠敬なんかは、あの時代に55歳を超えてから日本地図をつくり始めたようですし、昔からそういう人はいたのだとは思いますけれども(笑)。

北尾 ただ、吉田さんは住友銀行で副頭取まで務められ、グループの住銀リースの経営を担われた後、慶應義塾大学の教授に転身され、今度は起業家でしょう。この変身ぶりが見事ですし、その時々に築かれたご人脈、ご縁が次のステージにどんどん生かされている。大変な強運の持ち主でもいらっしゃると思います。

吉田 65歳で住銀リースの社長兼会長を退いた時には、これで人生も終わりかなという思いも頭をよぎりました。ところが、たまたま慶應義塾大学の電気自動車を視察する機会がありましてね。電気自動車は遅いものだと思い込んでいたところが、試乗してみてその加速力に驚いたんです。これは環境・エネルギー問題を解決する切り札になると考えて資金集めなどの支援を始め、のちに慶應義塾大学に教授として迎えられました。
そうして5年ほどやっているうちに、電気自動車を動かすリチウムイオン電池こそがこれからのエネルギーの主役になる。安全で安価な大型リチウム電池を量産できれば、世界規模のビジネスになると確信したのです。
発電の方法というのは、原発、太陽光、風力等々、どんどん出てきていますけど、せっかくつくった電力を蓄積する電池がなければ有効に使えません。それに、これからは従来のように電力会社の大発電所から電力を供給するばかりでなく、家庭やオフィスでつくられた電力を電池に蓄積して売買することで、電力の平準化を図る動きが世界中で起こってくると思いました。
実際に私どものリチウムイオン電池はいま、大和ハウス工業様を中心に2万軒の住宅に設置されていて、ほとんどが通信で結ばれています。いまで言うIOTです。出力一キロワットのシステムで換算すると、100万軒結べばだいたい原発1基分の電力供給が可能になりますから、あと2、3年で蓄電池からの売電が認められるようになるまでに、いわゆるヴァーチャル・パワープラント、仮想発電所の役割を担うことを目指しているわけです。

北尾 それにしても、よいところに着目なさいましたね。リチウムイオン電池といったら、今後の日本の国際競争力の要になるくらい重要な分野ですよ。

吉田 最初は自分でやる気はなかったんです。それで、電池メーカーのトップに順次お目にかかって開発を持ちかけたんですが、ほとんどは小型電池のメーカーでしたので、あんな危ないものは大きくはできないと。リチウムイオン電池は、発火しやすいのが難点なんです。ならば自分たちでやるかということで、平成18年に69歳でエリーパワーを立ち上げました。
以来、自分たちが世の中を変えるんだ。「狂人走れば不狂人も走る」という思いで突き進んでまいりました。

北尾 狂人走れば不狂人も走る、ですか。

吉田 大徳寺ご住職の清巌宗渭という方の言葉でしてね。世の中というのは、狂ったように夢中で走る人がいると、それに皆がついてくるようになるものだと。創業の時、部屋に飾ったこの言葉を見ては心を奮い立たせてきましたが、おかげさまでいまやリチウムイオン電池による蓄電というのはブームですよ。

北尾 吉田さんは今年(2017年)80の節目を迎えられたわけですが、このお年でご自分の事業に懸ける思いをこんなに熱く語られる方を、私は見たことがありません。『三国志』の曹操の言葉に「老驥櫪に伏すとも、志は千里に在り。烈士暮年、壮心已まず」とあります。駿馬は年老いて馬屋の横木に繋がれても、なお千里を走ることを思う。英雄は年老いてなお遠大な志を失わないと。吉田さんにお目にかかると、いつもこの言葉が浮かんできます。やっぱり事業家で一番大事なことは、まさにこういう気概ですよ。

エリーパワー社長

吉田博一

よしだ・ひろいち

昭和12年東京生まれ。36年慶應義塾大学法学部卒業。住友銀行入行。取締役、副頭取を経て、平成9年住銀リース(現・三井住友ファイナンス&リース)社長に就任。13年同社会長兼社長。14年同社特別顧問。15年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。18年エリーパワーを創業し社長に就任。現在に至る。

人と違うことをやるから生き抜いていける

吉田 創業から11年経ってつくづく思うのですが、もしこの事業を自分のお金でやっていたら、ここまでたくさんの方に応援していただくことはできなかったでしょう。ご出資いただいたのは、大和ハウス工業の樋口武男さん、北尾さんをはじめ上場企業ばかりで、皆様のお気持ちが一つひとつ積み上がって315億円もの資本になりました。日本というのはすごい国だと改めて思いますね。
最初に面談していただいた時の北尾さんは、軽く品定めをなさるくらいの認識だったと思うんです。私も既に75歳を過ぎていましたし、この老人はボケていないかと(笑)。熱心に応援してくださるようになったのは、その3年後の平成27年に、当社の工場をご覧いただいてからでしたね。北尾さんはとても高く評価してくださって、ご自身のブログでも紹介してくださいました。

北尾 あの時は驚きました。ベンチャー企業というのは工場まで十分に手が回らないところが多いんですが、吉田さんは公開前にもかかわらず、あれだけスケールの大きな工場をお建てになっていた。しかもレイアウトから何から、細部に至るまでものすごく考え抜かれている。電池に全く縁のない製薬会社の方を役員に抜擢されてつくられたと伺って、吉田さんという方はただ者ではないなと、改めて感銘を受けました。

吉田 彼は副社長で、いまは特別顧問をやってもらっているんですが、彼以外の若い人たちも同様で、電池の生産技術ゼロの人間でつくった工場なんです。要するに、成功体験が何もないところから新しいものをつくることにチャレンジしたわけです。
工場をつくる際に副社長に告げたのは、「安全な電池をつくるために、フルオートの工場でなければ満足しないよ。お金は、私がいくらでも集めてくるから」ということでした。コンセプトはいろいろ話し合うけれども、細かなことは言わずに、彼にすべて任せたんです。任された彼は、若い人を使って死に物狂いで期待に応えてくれました。北尾さんにも感心していただきましたが、トイレ一つ取っても、これが工場のトイレかというくらい立派で、細部まで行き届いたつくりになっています。この設備でいずれスタート時に描いていた売上高2兆円を実現しようということで、頑張っているんです。

北尾 任用するのではなく信用し、部下の方を信じて任せられたわけですね。御社を訪れた人は皆、あの工場を見てびっくりして「この会社の電池なら大丈夫だ」と納得される。そういう意味では、吉田さんは偉大なショーケースを最初につくられたわけです。普通はいい商品ができたら、それを集めてショーケースをつくろうかという順序になるんですが、吉田さんは全く逆をいかれて成功なさっています。

吉田 人と違うことをやるというのが、私の生き方でしてね。だから私みたいに凡庸な人間でもやっていけるんです。銀行には「過大投資だ」と言われましたけれども、工場を立派にしてそれを見せれば、うちの電池に興味を持っていただけるじゃないかと私は考えたわけです。
案の定、ホンダさん、セコムさんと、工場を見ていただいた方は皆さん「よその電池メーカーより百年進んでいる」とびっくりなさって、スムーズに契約に至りました。北尾さんがおっしゃるとおり、工場がショールームの役割も果たしてくれているわけです。

北尾 大きな投資をなさったわけですけれども、お金を集めてこられるのは大変だったと思います。ほとんどのベンチャー企業は、それができなくて苦労する(笑)。吉田さんは住友銀行で副頭取まで務められた方ですけれども、それだけで315億円ものお金は絶対に集めることはできません。あの人は信用できる、あの人はなかなかの人物だと周りから思われていたから成し得たことだと思うんです。

SBIホールディングス社長

北尾吉孝

きたお・よしたか

昭和26年兵庫県生まれ。49年慶應義塾大学経済学部卒業。野村證券入社。53年英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。ワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社常務取締役、野村企業情報取締役、野村證券事業法人三部長などを経て、平成7年ソフトバンク常務取締役。平成11年ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)社長に就任。著書に『何のために働くのか』(致知出版社)など多数。