2019年3月号
特集
志ある者、事竟ことついに成る
対談
  • (左)早稲田大学名誉教授池田雅之
  • (右)四季社長吉田智誉樹

人々に生きる喜びと感動を

いまから66年前、僅か10人の学生によって立ち上げられた演劇集団は、幾度もの存続の危機を乗り越え、日本を代表する人気劇団へと成長した。劇団四季の創設者・浅利慶太氏──彼はいかにしてこの大業を成し遂げたのか。現社長の吉田智誉樹氏と、浅利氏と親交の深かった池田雅之氏に、この希有なる劇団を貫く志について語り合っていただいた。

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創設者の祈りを守ることが最大の使命

池田 吉田さんに初めてお目にかかったのは、確か2001年の春でしたね。テレビ番組「そして、音楽ははじまる」の取材で、大阪で上演中の劇団四季を訪ねた時に対応してくださったのが、吉田さんでした。

吉田 よく覚えています。ロビーをロンドンの街並み風にしつらえていた時ですから、大阪MBS劇場で『キャッツ』を上演していた頃だったと思います。私はまだ30代で、当時関西で広報の責任者をしていました。

劇団四季による『キャッツ』(撮影:下坂敦俊)

池田 その時は、まだ吉田さんのことを存じ上げなくて、失礼ながら若手スタッフのお一人という認識しかありませんでした。その吉田さんがいまでは、惜しくも昨年の7月にお亡くなりになった創設者・浅利慶太あさりけいたさんの志を継いで、劇団四季を率いていらっしゃるわけですから、とても感慨深いものがあります。社長に就任なさってからもう……。

吉田 おかげさまで、5年目になります。劇団四季は浅利慶太の思想と理念から生まれた集団ですから、浅利が込めた祈り、志をしっかり守ることが、私に与えられた最大の使命だと思っています。
幸い、浅利の残した理念や経営方針、それから俳優の演技はこうあるべきだといった教えは、非常に具体的なんです。一般に組織の理念というのは、わりとシンボリックで抽象的なものが多いと思いますが、浅利は「俳優はこういう方法論で演技に臨みなさい」「経営ではこんなふうに数字を見なさい」というふうに、非常に具体的な形で残してくれている。
私の役目は、それを血液のように組織の中で回していくことだと思っています。判断に困るようなことがあっても、立ち返れば答えを見出せるという理念があるのは非常に心強いですね。

四季社長

吉田智誉樹

よしだ・ちよき

昭和39年神奈川県生まれ。62年慶應義塾大学文学部卒業後、四季に入社。主に広報営業関連セクションを担当。制作部広宣・ネットグループ長、執行役員広宣部長、取締役広報宣伝担当を歴任。平成26年四季社長に就任。

「慣れだれ崩れ=去れ」を戒めの言葉に

吉田 そういう中で池田さんには、『キャッツ』のベースとなったT・S・エリオットの専門家として様々な知見を示していただいて、浅利の代から大変お世話になってきました。本当に感謝しています。

池田 浅利さんとのお付き合いの始まりは、もう20年以上前になります。1995年に僕が訳した『キャッツ』(ちくま文庫)をお送りして、原作のエリオットの詩についてお話しさせていただいたのがきっかけでした。
浅利さんはエリオットの文学観や演劇論にかなり親しんでいたようです。特にエリオットの文化的保守主義の立場は、浅利さんのお考えに近いものを感じますね。自分主義や個人主義の増長へのいましめは、エリオットから浅利さんに流れている強い思想です。それ以来、お書きになったものを読ませていただいたり、マンツーマンでお話をさせていただいたりする中で、いろんなことを学ばせていただきました。

例えば、「演劇は文学の立体化である」という考え方。僕が理事長を務めていた「鎌倉てらこや」という教育プロジェクトでは、子どもたちと朗読会をやっていましてね。朗読というのは、文学の肉体化、身体化だという実感があるものですから、浅利さんの考え方と非常に通い合うものを感じたんです。
他にも心に残る印象的な浅利さんの言葉がたくさんありましてね。例えば「慣れだれ崩れ=去れ」は、自分を戒めるためにいつも心に刻んできました。

吉田 その言葉はいまでも劇団に掲示しています。

池田 僕も教師として日々学生たちと向き合ってきましたが、やっぱり教室でも「慣れだれ崩れ」に陥ってしまいがちでした。学生たちと向き合い、学び合う気持ちが衰えたら、「おまえは教室から去れ!」ということになるんだ、と自分に言い聞かせてきました。
浅利さんは演劇人として志を成すまでの道程に、様々な名言を残してこられたけれども、僕は教育者の立場でそれを受け止めて、肝に銘じてきたんです。

早稲田大学名誉教授

池田雅之

いけだ・まさゆき

昭和21年三重県生まれ。現在、早稲田大学名誉教授。早稲田大学文学部英文科卒業。ロンドン大学大学院客員研究員。専門は比較文学、比較文化論。小泉八雲など数多くの訳書を手掛ける翻訳家でもある。長らくNPO法人「鎌倉てらこや」理事長を務め、現在、顧問。文部科学大臣奨励賞、正力松太郎賞等を授与される。著書に『猫たちの舞踏会 エリオットとミュージカル「キャッツ」』『日本の面影』(ともに角川ソフィア文庫)『イギリス人の日本観』(成文堂)など多数。訳書に『キャッツ』(ちくま文庫)『猫の童話集』(草思社文庫)など。