2018年8月号
特集
変革する
  • 本田コンサルタント事務所代表本田有明
不朽の名著

『葉隠』に学ぶ
変革の要諦

「武士道といふば、死ぬ事を見付けたり——」の一文で広く知られる『葉隠』。武士としての心構えを説いた書であるが、その内容は人生論からリーダーのあり方、人事教育まで多岐にわたり、いまを生きる私たちが読んでも全く色褪せない珠玉の教えに溢れている。若い頃から『葉隠』を座右の書としてきた経営コンサルタントの本田有明氏に、『葉隠』の教えを活かし、仕事や人生をよりよく変革していく要諦を語っていただいた。

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    300年前に書かれた〝自己啓発書〟

    いまから300年前の江戸中期に成立し、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり――」の一文で広く知られる『葉隠はがくれ』。私が同書を初めて知ったのは17歳の時、当時熱心に読んでいた戦後日本を代表する文学者・三島由紀夫が書いた『葉隠入門』がきっかけでした。

    しかしそれから間もない1970年に、三島由紀夫は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹かっぷく自殺を遂げます。三島由紀夫は『葉隠』を「自分のただ一冊の書」と賛美するほど心酔しんすいしていたため、以後私はまるで三島由紀夫の妖気ようきが漂ってくるような気がし、『葉隠』を読むことができなくなったのでした。

    その『葉隠』の印象が一変したのは、30歳を過ぎて再読してからでした。大学の哲学科を卒業後、私は日本能率協会に勤めていたのですが、武士道と日本の商習慣について短い文章を書く機会があり、参考文献の一冊として『葉隠』の原文を最後まで読んだのです。

    すると、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」といった過激な言葉は本文の最初のほうだけで、あとの大部分は「リーダーはどうあるべきか」「組織の中での人間関係はどうあるべきか」といった、現代の経営や人事教育にも活かせる内容だったのです。そして私自身もビジネスマンとして働く中で、次第に『葉隠』の教えに影響を受けるようになったのでした。

    最も心の支えになった教えを一つ挙げるとすれば、やはり日常の意思決定の心得を説いた「七息思案しちそくしあん」でしょう。これは、心が定まらずおろおろしていてはよい思案はできない、だから、物事の決断は7回呼吸するうちに決断しなさいというシンプルな教えです。

    試しに、大きく7つ深呼吸しながら、考えに集中してみてください。時間にすると1分弱。りんとした爽やかな気分になって、大抵のことには判断がつくはずです。

    また、「奉公人は四通りあるものなり、急だらり、だらり急、急々、だらりだらり」という教えも、部長職などをやっている時に大いに役立ちました。

    要するに、奉公人には「急だらり」(命令した時の返事は早いが仕事がのろい者)、「だらり急」(命令に対して理解力は遅いが素早く処理する者)、「急々」(飲み込みも仕事ぶりも素早い者)、「だらりだらり」(どちらも時間が掛かる者)の4種類ある。世の中に「急々」は少なく、佐賀藩にも一人いるかいないかだ。ほとんどの人は「急だらり」と「だらりだらり」である、というのです。

    この教えを知ったことで、部下を持った時に、「最初から優秀な人材などいない。『急だらり』をいかに『急々』に育てるかは自分次第なんだ」と、気持ちがリラックスし、優しい眼差しで部下に接することができるようになりました。

    44歳でコンサルタントとして独立した後も、『葉隠』は絶えず私の座右にあり、経営者向けのセミナーや幹部研修などでその教えを伝えてきました。

    本欄では、300年前に書かれた「自己啓発書」「人事教育の教科書」ともいえる『葉隠』を紐解ひもときながら、仕事や人生をよりよく変革していく秘訣ひけつを探っていきたいと思います。

    本田コンサルタント事務所代表

    本田有明

    ほんだ・ありあけ

    昭和27年兵庫県生まれ。慶應義塾大学哲学科卒業後、社団法人日本能率協会に勤務。経営事業本部、情報開発本部などに所属し、部長職を務める。平成8年44歳で人材育成コンサルタントとして独立。主に経営教育、能力開発の分野でコンサルティング、講演、執筆活動に従事。『ヘタな人生論より葉隠』(河出書房新社)『人材育成の鉄則』(経団連出版)など著書多数。