2025年6月号
特集
読書立国
対談
  • 建築家安藤忠雄
  • 京都大学iPS細胞研究所名誉所長・教授山中伸弥

読書は
国の未来を開く

活字離れが進む中で、子供たちに本を読む楽しさや豊かさを知ってもらい、無限の創造力や好奇心を育んでほしい――。日本を代表する建築家・安藤忠雄氏のこの思いが結晶して生まれたのが「こども本の森」プロジェクトである。世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏も、このプロジェクトに賛同し、応援している一人だ。親交が深く、共に無類の読書家として知られるお二方が相まみえ、読書談義に花を咲かせた。読書こそが人間の根を養い、個人の人生、ひいては国の未来を開く鍵になることを私たちは銘記し、縁ある人々に読書習慣の種蒔きをしていかなければならない。

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対談は4月9日、安藤忠雄氏が設計を手掛け大阪市に寄付し、山中伸弥氏が名誉館長を務める「こども本の森 中之島」にて行われた。

子供も大人も楽しめる本の天国のような空間

安藤 山中先生、先日も個展(安藤忠雄展 青春)のオープニングセレモニーに出席いただき、ありがとうございました。

山中 いえいえ。ここはきょうも相変わらずたくさんの親子連れで賑わっていますね。

安藤 来館日の2週間前の午前10時から予約を受け付けているのですが、嬉しいことにすぐ満員になりますよ。

山中 私には4歳の孫が2人いますけど、しょっちゅう来ているみたいです。人気があるので予約はなかなか取れないんですが、当日枠だと空きがあって入れるとか。

安藤 一日4部の完全入れ替え制で各回の予約枠100名に加え、予約なしで当日先着枠50名が入館できるようになっています。年間に延べ13万人以上の方が利用してくださっています。

山中 建物の構造も展示の仕方も素晴らしい。来る度に思うんですが、壁一面に本の表紙がずらっと並んでいて、それを眺めているだけで旅行しているような気分になる。子供だけではなく、大人も十分に楽しめる夢のような場所です。

安藤 読書というのは自分の世界を広げてくれる心の旅だと私も思います。ここには皆さんからの寄贈を含め、絵本や童話、児童文学、小説、図鑑、伝記、歴史、自然科学、芸術など多種多様なジャンルの本を約2万冊そろえています。

山中 気に入った本があれば手に取り、椅子に座って読むのもよし、大階段に腰かけて読むのもよし。貸し出しはできませんが、天気のよい日は中之島公園内であれば外で読んでもいいと。まさに本の天国みたいな自由な空間ですね。

安藤 ここは土佐堀川と堂島川に挟まれたところでしょう。大阪人にとっては大阪の中心で、目の前に中央公会堂がある。以前は車道が通っていたのですが、ここの開館に合わせて車両通行止めとなり、歩行者空間として整備されました。いまの季節は植樹した桜もれいに咲いていますし、緑豊かな場所でイベントもたくさんやっています。

山中 ここは以前から私のランニングコースなのでよく知っているのですが、図書館ができる前と後では驚くほど変わりました。

安藤 図書館をつくるに当たり、どなたかに名誉館長をお願いしようという話になって、もう山中先生以外にいないと。

山中 光栄です。私も子供の時から本が大好きなので、本当にありがたいですし、微力ながら今後も貢献していきたいと思っています。

建築家

安藤忠雄

あんどう・ただお

昭和16年大阪府生まれ。独学で建築を学び、44年安藤忠雄建築研究所を設立。54年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、平成5年日本芸術院賞、7年プリツカー賞、15年文化功労者、17年国際建築家連合ゴールドメダル、22年文化勲章、25年フランス芸術文化勲章、27年イタリア共和国功労勲章、28年イサム・ノグチ賞など受賞多数。イェール、コロンビア、ハーバード各大学の客員教授を歴任。9年から東京大学教授。現在、名誉教授。令和2年自身が発案し設計を手掛けた「こども本の森 中之島」開館。以降、神戸・遠野(岩手県)・熊本に広がる。著書に『仕事をつくる―私の履歴書 改訂新版』(日本経済新聞出版社)など多数。現在、「安藤忠雄展︱青春」をグラングリーン大阪にて7月21日まで開催中。

人間の心の成長にとって最高の栄養は本である

山中 今年(2025年)ちょうど開館5周年を迎えますが、そもそも安藤先生の着想の原点は何だったのですか?

安藤 一つは、本を読まない子供が増えている状況を何とかできないものかと。もう一つは、今日まで自分を育ててくれた地元の大阪や社会、そして日本に対して何か恩返しがしたいという思いです。
私が尊敬するアメリカの鉄鋼王アンドリュー・カーネギーはばくだいな財を成し、66歳で引退した後、社会還元としてカーネギー・ホールをはじめとする文化施設と共に、世界各地に図書館を寄付しました。その数何と2,500か所。これにはかなうべくもありませんが、私も手の届く範囲で子供たちのための図書館をつくろうと思ったんです。私自身、読書体験を通して「人間の心の成長にとって、最高の栄養は本である」という実感がありましたからね。

山中 ああ、人間にとって最高の心の栄養が読書だと。

安藤 当時の大阪市長に相談したところ、ぜひやりましょうという話になったんです。つくって終わりではなく、長く使っていただくことが大事だと考え、建設費用は発案者である私が担い、土地は大阪市が提供してくれて、蔵書と運営資金の確保は個人や企業からの寄付を募りました。
ひと口当たり年間30万円の寄付を5年間続けていただく形で、結局610社から10億円近い支援が集まったんです。20年くらいは建物を運営できる。こういう活動に賛同してくれる人が多いのは大阪のいいところです。

山中 私も大阪生まれの大阪育ちですので、安藤先生がこうやって大阪のために様々な貢献をしてくださっていることに、心から感謝しています。そして、「こども本の森」プロジェクトの灯は各地域にともされていますね。

安藤 ええ。中之島を手始めに、神戸・遠野(岩手県)・熊本、現在4か所にあります。「かもいけみらいの森」という鹿児島の絵本図書館も設計しました。今年7月には松山の「坂の上の雲ミュージアム」に、来年夏頃には北海道大学に、それぞれ「こども本の森」を新たに開館予定です。海外でも計画が進んでいて、今後は台湾や韓国、バングラデシュ、ネパールなどに展開していく予定です。
また、「こども図書館船 ほんのもり号」といって、船の図書館をこの度つくりましてね。4月24日に高松港とじまでオープニングセレモニーを行います。

山中 船の図書館とは実に魅力的です。

安藤 かつては町に本屋さんがいっぱい並んでいました。ところが、この頃は本を読まない人が多い。読む人もだいたいネットで買うもんですから、本屋さんがますます数を減らしている。でもネットで得られる情報には臨場感がない。やっぱり本に囲まれた空間でワクワクしながら本を手に取るという体験が大切だと思っています。
これからの社会を担っていく子供たちには、元気よく自由に世界に向けて羽ばたいてもらいたい。そのために幼い頃から本を読み、知識や創造力を身につけ、豊かな感性をはぐくむことが重要です。「こども本の森」にしろ「こども図書館船 ほんのもり号」にしろ、子供たちが自分の目と足で読みたい本を探し、自分の手で選び、〝自分だけの大切な一冊〟と出逢い、その時間や感動が記憶として心に残っていく、そんな生きる力を養う場となることを願っています。

京都大学iPS細胞研究所名誉所長・教授

山中伸弥

やまなか・しんや

昭和37年大阪府生まれ。62年神戸大学医学部卒業後、整形外科医を経て研究の道へ。平成5年大阪市立大学大学院医学研究科修了。アメリカのグラッドストーン研究所に留学後、大阪市立大学医学部助手、奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授及び教授、京都大学再生医科学研究所教授などを歴任。18年にマウスの皮膚細胞から、19年にヒトの皮膚細胞からそれぞれ世界で初めてiPS細胞の作製を発表。22年京都大学iPS細胞研究所所長。24年ノーベル生理学・医学賞受賞。令和2年(公財)京都大学iPS細胞研究財団理事長。4年京都大学iPS細胞研究所名誉所長。著書に『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(成田奈緒子氏との共著/講談社)など多数。