2019年11月号
特集
語らざれば愁なきに似たり
インタビュー③
  • 能面打見市泰男

能面打の一道に完成なし

これまで修復した古能面の事例は優に1,000点を超える――当代随一の能面打・見市泰男氏。人間の喜びや悲しみ、苦悩や愁い……舞台の上で様々な表情を見せ、人々に深い感動を与える能面はいかにして創造されるのか。自身の歩みや師の教えを交えて語っていただいた。

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自分の我を出してはいけない

——見市さんは、能面打のうめんうちの仕事一筋50年と伺っています。いまは主にどのような仕事に取り組んでいるのですか。

まず一つには、美術館などに所蔵されている古能面の写し(模作)をつくることです。もう一つ大きいのは、げてしまった色彩などを直す修復の仕事。能面の状態によっては、色彩をすべて落とし、元の彫刻からやり直してほしいというご依頼もあります。
あとは、実際に能面をつくったことがない研究者の方にはなかなか分かりにくい、作風や技法、素材を判断材料にその能面がつくられた年代や作者などを特定する鑑定の仕事です。ただ、あくまで自分の経験の域を出ない判断ですから、客観的・科学的にこうだと言えないというつらさはあります。

——ご自身のオリジナルの能面をつくることはないのですか。

能面打の世界には、オリジナルの創作という仕事はほとんどあり得ません。能の歴史は世阿弥ぜあみの時代を起点にしても、600年以上っているわけです。その間にいろいろな人が試行錯誤し、能面を含めて現在の様式ができあがっている。過去の優れた能面を忠実に再現することで、その様式を次世代に正しく伝承していくというのが私共の仕事なんです。能楽師さんたちも、同じ気持ちで能の作品を演じておられると思いますよ。
ですから、古い能面の写しをつくる時に、もちろんその能面にどのような思いが込められているかといったことは大事にするのですが、自分がこうしたい、ああしたいと思ってはいけない、自分の我を出してはいけないわけです。

——ああ、自分の我を出してはいけない。

それと、例えば、能楽師さんは『源氏物語』や『伊勢物語』『平家物語』といった千年、数百年前のはるか昔に過ぎ去った時代の物語、人物を題材にした作品を演じます。しかも、その物語の内容は実際にあったことなのかさえ分からない。ですから、能楽師さんが舞台に出る前、能面をかけて鏡の前に立った時に、その曖昧模糊あいまいもことした過去の世界に自己を投入していけるような、古い雰囲気を再現できているかどうかも能面を写す時の大事な点になりますね。

能面打

見市泰男

みいち・やすお

昭和25年大阪府生まれ。大阪府立北野高等学校卒業。能面打・石倉耕春に師事。能楽学会会員。京都嵯峨芸術大学大学院非常勤講師。京都造形芸術大学非常勤講師。