2019年9月号
特集
読書尚友
インタビュー①
  • 精神科医、六番町メンタルクリニック名誉院長野村総一郎

『老子』に学んだ
人と比べない生き方

『老子』の教えは癒しの哲学。そう語るのは精神科医として45年間、多くの患者と対話してきた野村総一郎氏である。『老子』の提唱する「人と比べない生き方」は、固定の価値観に囚われてしまった病める人々の心にスッと沁み込むという。ジャッジフリーという野村氏独自の考え方をキーワードとして『老子』の思想を紐解いていただいた。

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鬱病の特効薬にもなる『老子』の魅力

——野村さんは精神科医として、『老子ろうし』の教えをもとにカウンセリングをされていると伺いました。

これまで45年間で10万人以上の患者さんと向き合ってきましたが、10年ほど前、投薬以外の新しい治療を模索している時に『老子』に出合い、この考え方は治療の役に立つと直感したんです。
私は精神科の中でも特にうつ病を専門としており、『老子』を一読した時、「この本は鬱病について書かれた本だ」と感じるほど、鬱病を発症する原因や治療法が明確に書かれていて驚きました。老子が生きていた時代には鬱病という概念がないにもかかわらず、『老子』の説く考え方には頑張り過ぎる現代人にとって必要な哲学があると思ったんです。非常に不思議な感覚でしたね。

——『老子』の教えが鬱病の治療に役立つと気づかれた。

ええ。残念ながら、鬱病患者数は年々増え続けています。その原因を一概に言うことはできませんが、誤った考え方や認識の仕方が少なからず影響していると私は考えています。

「頑張っているのに誰からも評価されない」
「自分は能力が低く、何もできない」
「友人たちは充実した生活を送っていてうらやましい」
「お金がある人は幸せ、ない人は不幸」

無意識のうちに自分と他人を比較し、そのジャッジ(判断)に自らが苦しめられている。日本人は特に、ジャッジをし過ぎる傾向があることはいなめません。

——他人との比較が苦悩の根源であると。

そのジャッジから解放されるという意味を込めて、私は「ジャッジフリー」と呼んでいるんですけど、人の目を気にして精神的に疲労が溜まりがちな人ほど、このジャッジフリーの思考を実践してほしいと思っています。
『老子』には「自分と他人を比べるな、他人との関係性に必要以上に苦しめられるな」という内容が表現を変えて繰り返されているため、精神疾患に苦しむ患者さんとのカウンセリングの中で、『老子』の言葉を紹介し、このジャッジフリーの生き方をご提案しているんです。

精神科医、六番町メンタルクリニック名誉院長

野村総一郎

のむら・そういちろう

昭和24年広島県生まれ。慶應義塾大学医学部を卒業後、テキサス大学、メイヨー医科大学に留学。帰国後、藤田保健衛生大学精神医学室助教授、国家公務員共済組合連合会立川病院神経科部長。平成9年防衛医科大学校教授、24年防衛医科大学校病院病院長に就任。27年六番町メンタルクリニックを設立し、院長に就任。18年から現在まで、『読売新聞』の「人生案内」での回答者も務める。著書に『人生に、上下も勝ち負けもありません』(文響社)など多数。