2024年9月号
特集
貫くものを
対談
  • 京都大学iPS細胞研究所教授金子 新
  • A and Live代表取締役髙田 明

iPS細胞を
活用したがん治療で
夢の医療を実現する

iPS細胞の作製に世界で初めて成功した山中伸弥氏がノーベル賞を受賞したのは2012年のこと。その記者会見で、「まだ一人の患者さんも救っていない」と語ったが、あれから12年、iPS細胞技術が医療に実用化される日は確実に近づいている。iPS細胞から作製した免疫細胞を使ってがん免疫再生治療を目指す金子 新氏の研究がその一つだ。
(公財)京都大学iPS細胞研究財団アドバイザーの髙田 明氏に、プロジェクトの現状と今後の可能性、物事を成就する秘訣、これまでの研究人生を貫いてきたものについて迫っていただいた。

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難しいことをいかに分かりやすく伝えるか

髙田 きょうは金子先生のお話を伺えるのが楽しみで、勉強しながらここまでやって来ました。

金子 わざわざ佐世保させぼからお越しくださり、ありがとうございます。こうしてじっくりお話しさせていただくのは初めてなので、楽しみでもあり少し緊張しています(笑)。

髙田 対談が始まる前、ご挨拶に来てくださった山中伸弥先生とは以前から何度かお会いさせていただいて、アイピーエス細胞には非常に関心を持っていました。そんな中、ゴールドラットジャパンCEOのきしゆうさんからの紹介で、3か月ほど前に金子先生のセミナーにオンラインで参加したら、先生がお若いのでびっくりしましたよ。何年のお生まれですか?

金子 1970年生まれなので、今年(2024年)54歳になります。

髙田 前途洋々、あと50年くらい生きられますね(笑)。
あのセミナーは1時間半くらいだったでしょうか、ずっと説明を聞いていたんですけど、専門的な知識のない僕はなかなか理解に及びませんでした。ただ、iPS細胞を活用することによってがんを治す画期的な治療法で、驚くほど安価なコストを目指していらっしゃるということで、とても期待や希望の持てるお話でした。

金子 この間も、「本当に伝えたい人は誰か」という問いをはじめ、伝え方に関してご指導いただき、ありがとうございました。

髙田 伝え方っていうのはどんな世界でも難しいですよ。僕はジャパネットたかたの社長を交代して10年近くなり、いまは経営にまったく関わっていないのですが、制作部門には気になったことはアドバイスしています。昨日も社員たちに5~6時間、指導していました。僕がすごく伝え方にこだわるので、社員は結構きついと思います(笑)。

金子 いまもそれだけ情熱と時間をかけて、後進の育成に注力されているのですね。

髙田 結局のところ、誰が聞いても分かる言葉に置き換えなければ伝わらない、というのが僕の基本的な考え方です。今度大きなプロジェクトがあって、某メーカーの掃除機を特集するんです。最近の掃除機はコードレスになっていて軽くて吸引力がある。どのメーカーもその都度、機能を進化させて新商品を出しているんですね。
にもかかわらず、「1.5キロで軽い」「モーターが何万回転する」ってことを相変わらずうたい文句にしようとしていたので、「それはもう言い尽くしてるんじゃないか」「どこが新しいのかをもっと立てないと買ってもらえないよ」という話から切り出しました。
その掃除機にはHEPAフィルターという空気清浄機と同じフィルターが搭載されていて、空気中の花粉やほこり、ウイルスなどを捕集し、部屋の空気よりも綺麗きれいな排気を出すのが特徴なんですね。それを伝えなきゃいけない。でも、ただ単に「HEPAフィルターがついています」じゃダメだから、「どう伝えるの?」って。例えば、
乳幼児がいる家庭だったらすごく喜ばれるから、赤ちゃんの映像を出して語ってみたらみたいなアイデアを出していく。それを延々とやっているんですよ。

金子 非常に勉強になります。

髙田 医療の世界でもそういうことが必要だと思うんです。だからきょう飛行機とタクシーで移動している2時間の中で考えたのは、金子先生の研究を30分のテレビショッピングでやったら、どんな言葉で、どんな組み立てで伝えるだろうかということでした。

金子 一般の方にできるだけ分かりやすく伝わるように精いっぱいお話ししたいと思います。

京都大学iPS細胞研究所教授

金子 新

かねこ・しん

昭和45年愛媛県生まれ。平成7年筑波大学医学群を卒業後、筑波大学附属病院に勤務。10年筑波大学大学院医学研究科博士課程入学、14年博士号取得(医学)。同大学院血液病態制御医学(血液内科)講師、サンラファエレ科学研究所(ミラノ)研究員、東京大学医科学研究所幹細胞治療分野助教を経て、24年より京都大学iPS細胞研究所准教授、令和2年より同研究所教授、筑波大学医学医療系がん免疫研究分野教授を兼任。4年4月から6年3月まで同研究所副所長。

「MyT-Server」プロジェクトとは

髙田 金子先生が取り組んでおられる研究について教えてください。

金子 私たちはiPS細胞から免疫細胞の一種であるT細胞を作製し、がんの治療法に応用するという研究を行っています。
iPS細胞は2006年に山中先生が世界で初めて作製に成功しました。生体組織から得た細胞を遺伝子操作で若返らせることによって、あらゆる生体組織や細胞に成長できる能力を持つようになる万能な細胞で、ほぼ無限に増やせる上に、様々な機能を追加したり強化したり除去したりする調製も簡単にできます。
T細胞は体内に侵入した細菌やウイルスなどの病原体やがん細胞などを認識して攻撃し、排除することができます。T細胞は自分の細胞と自分以外の異物を見分けるレセプター(受容体)を持っていて、1つのT細胞が認識できる標的は1種類のみ、T細胞ごとに認識できる標的は異なります。
そこで患者さんの体の中でがん細胞と戦っているT細胞、すなわちがんを見分けるレセプターを持つT細胞をがん組織や血液から取り出して、それをiPS細胞にして増やし、再びT細胞にぶんさせて体内に戻す。これが私たちの目指す個別がん免疫再生治療です。
そして、その個別治療用T細胞の製造工程を簡便な操作で実行できるようにする小型自動培養装置「MyT-マイティーServerサーバー」の開発をパナソニックさんと共同で進めています。

「MyT-Serverプロジェクト」の詳細やがん免疫再生治療の効果を金子氏が解説している動画〈3分間ダイジェスト版〉を視聴(https://m.youtube.com/watch?v=hrjgwkKx878)

髙田 この治療法はどんながんに効くんですか?

金子 当然やっつけやすいがんとやっつけにくいがんがあります。日々実験を続けている最中なんですけど、基本的に患者さんから採ってきた実際にがん細胞と戦っているT細胞からつくったiPS細胞、あるいはそのT細胞のレセプターの遺伝子情報だけを抜き取って埋め込んだiPS細胞からT細胞を分化誘導するので、理論的には患者さんがかかっているがんを見分けて効いてくれます。
ところが、がん細胞というのはお城みたいなもので、本丸に辿たどり着くまでに堀や石垣があり、結構頑丈に守られているんです。ですから、仮に裸になったがん細胞がいて、T細胞という兵隊が来たら簡単にやっつけられるんですが、塀や石垣を越えていくというところは、やはりいろいろな工夫をしなければいけません。
その点、iPS細胞からつくった免疫細胞は、堀や石垣を越えていくためのいろいろな機能をつけやすいんです。それをいまリアルタイムで実験を重ねながら、「MyT-Server」にどんどん落とし込んでいます。そういうわけで、最初から「全部治せます」とはなかなか言いにくいんですけど、最終的にはどんながんでも治療できると思っています。

A and Live代表取締役

髙田 明

たかた・あきら

昭和23年長崎県生まれ。46年大阪経済大学卒業後、阪村機械製作所に入社し、海外勤務を経験。49年実家のカメラ店「㈲カメラのたかた」に入り、61年分離独立して「㈱たかた」を設立。平成2年に通販事業を開始し、11年社名を「㈱ジャパネットたかた」に変更。27年社長を退任し、「㈱A and Live」を設立。29年サッカーJ2のV・ファーレン長崎の社長に就任し、同年J1昇格へと導く(令和2年退任)。著書に『髙田明と読む世阿弥』(日経BP)『まかせる力』(新将命氏との共著/SBクリエイティブ)など。