2022年3月号
特集
渋沢栄一に学ぶ人間学
我が心の渋沢栄一③
  • 都立駒込病院脳神経外科部長篠浦伸禎

渋沢栄一が教える
人生をひらく脳の使い方

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脳の使い方が人生を決める?

私は脳外科医としての経験、特に局所麻酔だけをかけて患者さんが起きたまま手術を行う「覚醒下かくせいか手術」の知見と、いま急速な進歩を遂げている脳科学の成果を合わせ、脳機能と生き方に関する本を数多く上梓じょうししてきました。

さらに、それぞれの人がどのような脳の使い方をしているかを解析する脳テストをつくり、それとカウンセリングを組み合わせることによって、薬ではまったく治らなかったうつ状態の人の症状を改善するなどの実績を挙げてきました。

また、子供の頃から歴史に関する本を読むのが好きだったこともあり、歴史に名を残した多くの偉人に関しても脳の使い方を解析してきたのですが、やはり偉人の脳の使い方とその人生の歩み、結末には強い関係があるのです。

そうした取り組みから分かってきたのは、自分の脳の使い方を知る、あるいは、歴史に名を残すような優れた人物の脳の使い方を学ぶことが、病気やストレスを乗り越え、充実した幸せな人生を送るために有用だということです。

そしていま私が注目する歴史の偉人が、他ならぬ渋沢栄一です。渋沢との最初の出逢いは、城山三郎氏の歴史小説『雄気堂々ゆうきどうどう』を若い頃に読んだことでした。様々な困難に直面しながら、生涯で約500の企業と約600の公共・社会事業の設立に携わった渋沢の歩みを知り、「日本にもこんなすごい人がいたのか」と大変感動したのです。

以来、渋沢への知的好奇心を持ち続けていたのですが、出版社からお声掛けいただいたのを機に、2021年に渋沢の脳の使い方を解析した『論語脳と算盤脳』を上梓しました。その中で改めて渋沢について調べ、印象に残ったのは、世界的な経営学者であるピーター・ドラッカーが、渋沢と同時代を生きた実業家たち、ロックフェラーやカーネギー、モルガンなどよりも、渋沢の業績のほうが優れていると述べていることです。

経営の本質は社会的責任であり、それを見事に実践してきた渋沢の右に出る経営者はいないと、ドラッカーは激賞しているのです。このことから渋沢のレベルが世界基準であったことが分かります。

また、医者として興味深いのは、明治・大正・昭和という激動の時代の中でも、生涯現役で激務をこなし、91歳の長寿をまっとうしたことです。明治生まれの日本人の平均寿命が約40歳だったことを思えば、驚くべきことです。その点でも、彼の脳の使い方は素晴らしいものだったと言えます。

そのような渋沢の生き方、脳の使い方を知ることは、この変化の激しい、ストレスの多い現代社会を健康で幸せに生き抜く大きなヒント、指針を与えてくれるに違いない―私が渋沢に注目し、本を執筆した理由もここにあります。

都立駒込病院脳神経外科部長

篠浦伸禎

しのうら・のぶさだ

昭和33年愛媛県生まれ。東京大学医学部卒業。富士脳障害研究所、東京大学医学部附属病院、国立国際医療センターなどで脳外科手術を行う。平成4年東京大学医学部の医学博士を取得。シンシナティ大学分子生物学部留学。帰国後、国立国際医療センターなどで脳神経外科医として勤務。21年都立駒込病院脳神経外科部長。脳の覚醒下手術ではトップクラスの実績を誇る。著書に『脳から見た日本精神~ボケない脳をつくるためにできること~』『論語脳と算盤脳 なぜ渋沢栄一は道徳と経済を両立できたのか』(共にかざひの文庫)。