2016年7月号
特集
腹中書あり
対談
  • 埼玉りそな銀行社長池田一義
  • こども論語塾講師安岡定子

古典をどう
活学するか

古書を古読せず

埼玉りそな銀行社長の池田一義氏は若い頃から古典に親しみ、その言葉を支えとして、りそな再生の一翼を担ってきた。安岡正篤師の令孫で、全国28か所で『論語』講義を続けている人気講師の安岡定子氏とともに、現代人が古典を読む意義や古典の持つ魅力について語り合っていただいた。

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12年間にわたるりそな再生の軌跡

池田 先日は私どものお取引先との勉強会に講師としてお越しいただきまして、ありがとうございました。

安岡 とんでもありません。地元の名士の皆様を前にお話をさせていただき、緊張しました(笑)。

池田 私は以前から埼玉というところは、古典を学ぶ上で恵まれた土地柄だと思っているんです。武蔵嵐山には安岡正篤先生ゆかりの郷学研修所がありますし、深谷市は『論語と算盤』の著書で知られる渋沢栄一先生の出身地です。

安岡 そうですね。

池田 私がまだ30代の頃でしたが、一バンカーとして熊谷支店に勤務していた時代に、経済界の方々が開催されていた安岡正篤先生のご著書を題材とした勉強会に出たことがあり、「難しいな」と思って読んだことをよく覚えています。
そんな昔を思い出しながら、ご令孫である定子先生を講師としてお招きさせていただいたわけです。金融業界もそうですが、いま経済界は大きな節目に差し掛かっていて、もう一度、古典をとおして人間や仕事の原点に立ち返ることも必要ではないか、と。

安岡 確かに日々のニュースなどを見ていると、原点というものを見つめなくてはいけない時なのかなと感じることがありますね。

池田 ご記憶でいらっしゃいますでしょうか? 2003年に私どもは「りそなショック」という経営危機を経験しました。当時、ピークで3兆1,280億円という巨額な公的資金をりそなグループに投入いただいており、12年間にわたる再生の道のりを歩んできました。この間徐々に返済していったのですが、それを昨年(2015年)完済することができました。巨額な公的資金を投入していただいたおかげで私どものいまがあるわけですから、これからはその恩返しの時期だと思っています。
安岡正篤先生に師事された牛尾治朗さん(ウシオ電機会長)は、『致知』でもお馴染みですね。実はこの方が、りそなを立て直す上で非常に重要な役割を果たしてくださいました。当時、JR東日本の故細谷英二副社長に目を留め、周囲が強く反対する中、再生のトップとしてりそなホールディングス会長に推挙してくださったのです。私も細谷さんの下で改革の薫陶を得た一人ですが、細谷さんという人物を得なければ、再生はここまで上手く進まなかったかもしれません。そのことを思うと、何か不思議なご縁を感じずにはいられません。

安岡 それにしても、大変な時期を乗り越えてこられたのですね。

池田 実は金融機関というのは、激動の連続なのです。私が埼玉りそな銀行の前身である埼玉銀行に入ったのが1981年。金融自由化の時期を経てバブル崩壊、大手銀行の破綻が相次いだ金融危機を経て、まさに失われた20年。そんな時にりそなショックに見舞われ、そこから立ち直りつつある時、リーマン・ショック、そして東日本大震災を経ます。現在はマイナス金利という未経験の金融政策が行われることになった。金融業界はまさに未知の連続、試練の連続なのです。
ただ、私どもを生かしていただいたお客さまの期待にお応えするため、新しいサービスや施策を展開しています。お客さまの要望に24時間、365日お応えできるシステムづくりなど、グループを挙げていま取り組んでいるところで、オムニチャネル戦略などはその一例です。

埼玉りそな銀行社長

池田一義

いけだ・かずよし

昭和32年東京都生まれ。明治大学卒業後、埼玉銀行(現・埼玉りそな銀行)入行。平成16年りそなホールディングス執行役、23年りそな銀行取締役兼専務執行役員、25年埼玉りそな銀行副社長、26年同社長に就任。

『論語』を求める人たちが増えている

池田 定子先生も随分、ご多忙の様子ですが、いま何か所で『論語』の指導をされているのですか。

安岡 ビジネスマンの方の講座まで含めると28か所ですね。

池田 すごい広がりですね。

安岡 これは論語塾を続けていて感じることですが、最近ある方から「あなたのお祖父さまはお子さんに向けて古典の話をされていませんね」と言われました。確かに言われるとそのとおりです。その後、その言葉が心に引っかかっていて、いろいろ考えている時に、ふと思ったんですね。「昔はもしかしたら、論語塾のようなものは必要なかったのではないか。古典の説く礼の精神が家庭の中にしっかり根づいていて、子供たちは学校や社会で自然とそれを実践できるようになっていたのではないだろうか」と。
私は自分が『論語』と出合い、『論語』が好きになって、それをお子さんと一緒に読めることに大きな喜びを感じているのですが、改めて考えてみるととても責任の重い仕事をさせていただいているんだな、と思いました。

池田 お話のとおり、家庭内で本来やるべき躾が疎かになってきていると耳にしますからね。少なくとも私たちが幼い頃は、礼儀作法などをきちんと躾けられたものです。

安岡 ここ数年、企業から呼んでいただくケースや大人のクラスが増えてきたのも、『論語』にあるような精神がどうしたら身につくかと真剣に悩んでいらっしゃる方が増えているからなのかもしれませんね。それだけに、世の中がいまどういう流れになっているかを相対的に理解できる力がなくてはいけないと痛感しているところでもあるんです。

池田 その思いは私も全く一緒で、お取引先との勉強会を立ち上げた理由もそこにあります。経営者の悩みは尽きることがありませんし、自分にお手伝いできることはないかと以前からずっと考えてきました。もちろん、私にアドバイスできる力はありませんが、場を提供することならできると思って、古典や勝れた経営者の体験談に学ぶための場を設けさせていただいたのです。
定子先生の講義をお聴きした時も、大変大きな学びがありました。まさにいまの時代にこそ必要とされる教えが、2,500年前に既に説かれている事実には驚き以外ありませんね。どれもこれも人間にとって不変の真理ばかりです。

安岡 ええ。それだけ奥が深いんですね。

池田 私が社長就任以降、社員たちに常々言っている言葉の一つが不易流行なんです。私たち地域金融機関の立場でいえば、埼玉県という地域に根ざし、経済活動をとおして社会の発展に貢献するという原則はきちんと守りながら、いわゆるフィンテックと呼ばれるような最新の金融システムにも即応していかなくてはいけない。古典を学ぶことによって、そのバランスが取れていくようにも感じています。

こども論語塾講師

安岡定子

やすおか・さだこ

昭和35年東京都生まれ。漢学者・安岡正篤師の孫。二松學舍大学文学部中国文学科卒業。論語教室の第一人者として知られ、子供からビジネスマンまで全国各地の28の講座を受け持つ。主な著書に『楽しい論語塾』(致知出版社)『心を育てる こども論語塾』(ポプラ社)『はじめての論語』(講談社α新書)など。