2023年10月号
特集
出逢いの人間学
インタビュー②
  • 潮騒ジョブトレーニングセンター理事長栗原 豊

人はどこからでも
やり直せる

やめたくてもやめられない――依存症に苦しむ日本人は、アルコール依存者だけで年間10万人に上るという。茨城県南東の海辺に、完治しないとされるこの病からの回復・就労支援を担う施設がある。施設長は栗原豊氏。依存症に蝕まれた前半生から、幾多の出逢いにより救い出された。なぜ、人は苦しむのか。いかなる出逢いが、人生の迷妄を破ってくれるのか。

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自分の体験を裏返して生きる

——栗原さんのお取り組みは近年、新聞やNHKのドキュメンタリー番組等で注目を集めていますが、ここでは様々な悩みを抱えた方が共同生活を送っているのですね。

アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症……うち(しおさいジョブトレーニングセンター)に来るのはこういう依存症で苦しんでいる人が中心です。他に精神的な病気や障がいがある人、異性問題や盗癖とうへきがある人もいます。総じて「生きづらさ」を抱えた人たち、と言うべきですかね。
服役と出所を繰り返し、家族や他の施設に見放されて行き場を失った人を引き取ることも多いです。まず彼ら彼女らに居場所を提供する。そして同じ体験を持つ者同士で共同生活をしてもらう。回復プログラムに慣れたら、就労のためのトレーニングに移っていきます。

——現在は何人ほどが生活されているのですか。

頻繁に入退寮がありますが、常に300人は超えていますかね。寮は全部で37あるんですよ。
それと、私自身も依存症の当事者です。60歳でダルク(薬物依存症者のための回復施設)につながり、「仲間は家族だ」という考え方の中で回復への道を歩んでこられました。だから入所してきた皆にそれを伝えますし、私自身そのように寄り添っています。スタッフの大半がここで回復した人間で、「サポーター」という肩書で運営を支えてくれているんです。

——依存症の回復は一筋縄ではいかないものと思いますが、具体的にどのようなプログラムを?

一番はミーティング(グループセラピー)です。朝と夜の1日2回、部屋に集まって、入寮者同士がそれぞれの体験談や現在の思いなどをせきに語っていきます。皆が自分の弱さを包み隠さず話すことでお互いの誤った生き方を見つめ直し、自分を変えることに踏み出してもらうんです。
就労支援としては、自前の農園「潮騒農場」での農作業や、そこで収穫した野菜を使った食堂をはじめ、工務店、薬局など入寮者の豊富な経験を生かした労働の場を必要に応じてつくってきました。

——それにしても栗原さんは、御年80とは思えないほど若々しい風貌ですね。

いやあ(笑)。おかげさまで裁判所から情状証人として呼ばれて行ったり、刑務所へ覚醒剤教育に出かけたりと忙しいです。暇があればここでミーティングに出ていて、もう365日休みはないくらいです。結局、仲間に会うことが生きがいであり、その手助けに没頭することが私からアルコールや薬物を遠ざけてくれて、それが回復に繋がる。私がここでやっていることは、自分が体験してきたことの〝裏返し〟なんです。

潮騒ジョブトレーニングセンター理事長

栗原 豊

くりはら・ゆたか

昭和18年埼玉県生まれ。17歳で鑑別所に入って以降、アルコール依存症・薬物依存症などが原因で計7回、通算20年にわたり服役と出所を繰り返す。平成15年60歳の時、担当検事のすすめで鹿島ダルク入所。寮長を務めた後、17年に独立し、茨城県鹿嶋市に「潮騒ジョブトレーニングセンター」を設立。21年NPO法人の認証を受ける。28年73歳で茨城県立鹿島灘高校入学。77歳で早稲田大学人間科学部入学。令和4年第57回社会貢献者表彰を受賞。