2026年4月号
特集
感謝にまさる
能力なし
インタビュー②
  • 札幌禎心会病院脳卒中センター長谷川緑野

一生修業。
脳外科手術の道に
終わりなし

年間10万人以上もの人が命を落とすという脳卒中。この恐ろしい病と向き合い、高難度の手術に果敢に挑み、多くの患者を治癒へと導いているのが谷川緑野氏である。脳外科の最高峰とも称賛される谷川氏は、いかにしてその領域に達したのか。自身を厳しい闘いの場へと突き動かす思いに迫った。

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    札幌禎心会病院脳卒中センター長

    谷川緑野

    たにかわ・ろくや

    昭和37年岩手県生まれ。63年旭川医科大学卒業。旭川赤十字病院脳神経外科、市立札幌救急部を経て、平成8年網走脳神経外科・リハビリテーション病院病棟医長。14年同病院院長。在任中に米国デューク大学脳神経外科客員教授。24年札幌禎心会病院脳卒中センターのセンター長に就任。30年同病院院長代行。現職の傍ら、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校脳神経外科客員教授、東京医科大学病院脳神経外科兼任教授、日本脳神経外科学会専門医・指導医なども務める。

    真の一人前になるまで20年

    ──先ほどきゅうきょ手術に入られたと伺いました。お疲れのところ取材に応じていただき恐れ入ります。

    いや、お気遣いなく。ちょっと手伝いに入っただけです。自分が手術をする時以外でも、うちの病院で手術が行われている間は自室にある3台のモニターで経過をずっとチェックしていましてね。問題があれば「こうしたほうがいいよ」とアドバイスに行ったり、そのまま手洗いをして手本を示したりするんです。
    幸い、先ほどの手術は無事に終わりました。うちは術後に必ずCTを撮ってチェックするんですが、患部の状態も申し分ありません。

    ──こちらの病院には、谷川先生の腕を見込んで全国からたくさんの脳疾患の患者さんが訪れているそうですが、一人ひとり慎重を期して手術に臨まれているのですね。

    手術って他人様ひとさまの体に傷をつけてやるものですからね。なまはんなことをやったら、医者に命を預けた患者さんはたまったものじゃないでしょう。
    だから若い先生たちには毎朝の検討会で、「もし自分や自分の身内が患者だったら、その手術を本当に受け入れられるかい?」という話をよくします。そこを常に意識しておかないと、間違える可能性があるんですよ。

    ──脳の手術というのは、特にどんなところが難しいのですか。

    全部です。何しろ脳には微細な血管、神経、組織が無数にあって、それらを少しでも傷つけたらや失明などの重い後遺症につながります。
    しかも手術が必要な患者さんというのは、かなり状態が悪い。手術というのは本来、ものすごく危ないものなんですよ。
    ですから我々は、極小のハサミやピンセットを使い、手術顕微鏡で患部を詳細に見ながら慎重に進めていきます。指先のわずかな震えも許されない緊迫した状況下で、一つ間違えれば患者さんを死なせてしまうかもしれないという恐怖とたいしながら、粘り強く闘い続けなければなりません。手術を無事終えるまでに、丸24時間かかったこともありますよ。

    ──一つの命を救うため、日々想像を絶する闘いに臨んでいる。

    ですから私は、脳外科医として一人前になるのに最低15年かかるよって言うんです。医学部を卒業するのが25歳ですから、40歳になってようやくある程度のことができるようになる。でも本当の意味で独立した、誰にも頼らずにすべて自分の責任で手術を完結できる脳外科医になるには、20年かかるかな。

    ──気の遠くなるような道のりですね。

    これで終わりというのがない世界なんですよ。私は今年(2026年)64歳ですから医学部を出てほぼ40年、これまで5,000例以上の手術を手懸けてきましたが、かんぺきかと言われると、まったくそうではない。一生修業なんですよ、脳外科の手術というのは。