2024年6月号
特集
希望は失望に終わらず
インタビュー2
  • 精神科医森川すいめい

開かれた対話から
希望は生まれる

対話を通じて相手の心を癒やしていくフィンランド発祥の「オープンダイアローグ」を実践し、精神的な問題を抱える多くの人々を回復へと導いてきた精神科医の森川すいめい氏。しかし、現在に至るまでには、父の家庭内暴力や愛する母の死、大震災での苦悩など、壮絶な体験があったという。人生の艱難辛苦、葛藤と向き合っていく中で、森川氏が辿り着いた自分らしく生きる心の持ち方、幸福な社会を実現する要諦とは――。

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一人ひとりの心の声を聴くオープンダイアローグ

──森川さんは東京・池袋の「ゆうりんクリニック」にて、対話を通じて他者の心をケアしていく「オープンダイアローグ」を実践し、精神的な困難を抱える人々を回復に導いてこられたそうですね。

「オープンダイアローグ」を日本語に訳すと、「開かれた対話」という意味になります。精神的に困難を抱えた方と1対1ではなく、関係者を含めた3人以上で輪になって、どんなことに困っているか、何を話したかったかなど、対話を重ねながら考えていくミーティングを中心に据えた取り組みです。
また、オープンダイアローグが大事にしているのは上司と部下、親と子、医師と患者といった力関係をいったん全部フラットにして、お互いに対等な立場で対話をしていくことです。
ただ対話するという活動ですが、オープンダイアローグ発祥の国・フィンランドでは、それまでの投薬治療から対話形式にしたところ、実に患者さんの8割が回復し、職場や学校に復帰するなど非常に大きな効果を上げています。そのためフィンランドでは、同じくして医療現場だけでなく、議会や教育現場、家庭など様々な場所で「対話の場」が大切にされています。

──しかし、なぜ対話にはそれほどの効果があるのでしょうか。

例えば、一般的な精神科病院では、精神的な問題のある患者の症状を抽出し、薬を処方して経過を見ていくという場合が多いかと思います。一方、オープンダイアローグでは「何があったのか?」という問いに始まって、患者や関係する人たちと対話を重ねながら一緒に要因や問題解消のアイデアを探すなどしていくわけです。
すべてとはいいませんけれども、人の精神的な問題や苦悩の多くは置かれた環境や人と人の関係性の間にあります。対話を重ねることでそれまで見えていなかったことやどうしたらいいか分からなかったことが見えたり、誤解や問題が解消されていくと、症状は自ずと軽減していくでしょう。実際私が勤めるクリニックでは、オープンダイアローグを取り入れた2015年頃から、薬を処方する量は10分の1くらいに減っています。

精神科医

森川すいめい

もりかわ・すいめい

1973年東京都生まれ。精神科医、鍼灸師。都内の医学部在学中の2003年にホームレスを支援するNPO法人「TENOHASI」を設立し、理事に就任。精神科医として幾つかの精神科病院に勤めたのち、都内のクリニックにて診療訪問を行う。フィンランド発祥の「オープンダイアローグ」を知り、現地でオープンダイアローグ養成コースを受講。2020年に日本の医師として初めてトレーナー資格を取得した2名のうちの1人となる。『感じるオープンダイアローグ』(講談社現代新書)など著書多数。