2025年6月号
特集
読書立国
私の読書立国論②
  • Deportare Partners CEO為末 大

読書は未知の世界の
扉を開く

陸上男子400メートルハードルの日本記録保持者である為末 大氏。現在はオピニオンリーダーとして多方面で活躍する氏の源泉には、幼少期から積み上げてきた読書体験があるという。〝走る哲学者〟との異名を取る氏の読書遍歴を辿りながら、書物を通して未来を切り拓くヒントを探る。

この記事は約8分でお読みいただけます

読書は人生の喜びの半分を占めている

私にとって読書は、「人間とは何かを知りたい」という自分の好奇心に素直に従う行為です。私は好奇心に従っているのが一番幸せです。好奇心に従う場合、そのテーマの本を読むか、専門家に会うかのいずれかしかありません。つまり、読書は私の人生の喜びの半分を占めているということです。

現役を引退して13年が経つ現在は、週1冊以上のペースで本を読んでいます。ジャンルは脳科学から東洋古典に至るまで千差万別ですが、仕事で各界の第一人者とお会いした際には、おすすめの本を聞いて読むようにしています。

最近では、米カリフォルニア大学バークレー校の研究者である野村やすのり教授に宇宙物理の入門書を教えてもらいました。物事を理解したと思った瞬間、人間の成長は終わってしまう。何事にも興味を持って学び続けることで、世の中を平面的ではなく、立体的に捉えられるのではないでしょうか。

振り返ると、私は物心つく頃から活字を追いかけるのが好きでした。これは、母が毎日欠かさず寝る前に絵本を読んでくれたこと、家に偉人の本がずらりと並んでいた恩恵に他なりません。年度頭に国語の教科書を受け取るや否や、新学期の授業が始まるまでには読み終えていたものです。

そして小学校高学年の時、毎週木曜日に行うクラブ活動で読書部に入部。『トム・ソーヤの冒険』『シャーロック・ホームズ』をはじめとした小説を読みふけり、より一層読書の深奥しんおうな世界にのめり込んでいきました。物語の登場人物に自分自身を投影とうえいして「自分ならどうしていただろう」と考えたり、言葉からイメージをふくらませたり。様々な人生を追体験することが楽しくて仕方ありませんでした。

さらに読書部では本を読むのみならず、感想文を書くまでが一つのセットになっていました。書くことは自分の頭の中を整理する作業であり、書き出して初めて「自分はこんなことを感じていたんだ」と気づくことも多々あります。当時はその真意を理解できていませんでしたが、想像力をき立てる「読書」と、無意識の感情に気づく「書く」という作業を共に行う習慣が身についたことは、大きな財産になりました。

Deportare Partners CEO

為末 大

ためすえ・だい

昭和53年広島県生まれ。中学、高校時代より陸上競技で活躍し、平成13年エドモントン世界選手権及び17年ヘルシンキ世界選手権の男子400メートルハードルで銅メダルを獲得。シドニー、アテネ、北京とオリンピック3大会に出場。男子400メートルハードル日本記録保持者。24年に引退後はスポーツと社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。著書に『熟達論』(新潮社)『諦める力』(プレジデント社)など多数。