2021年1月号
特集
運命をひらく
対談
  • (左)ファーストリテイリング会長兼社長柳井 正
  • (右)FC今治オーナー岡田武史

運命をひらくリーダーの条件

長引くコロナ禍が社会の活力を多方面で奪っている。しかし、この逆境下で光を放ち続ける組織もある。カジュアル衣料のユニクロを擁するファーストリテイリングと、サッカーの地方リーグからJ3昇格を果たしたFC今治はその筆頭と言えよう。各々のリーダーである柳井正氏と岡田武史氏は、この試練とどう向き合い、いかにして活路を見出しているのか。各々の挑戦を交えて語り合っていただいた。

この記事は約27分でお読みいただけます

「世界一に何年でなれるんですか?」

岡田 柳井さんとは、同じ早稲田大学出身ということで懇意にしていただいていますが、5年くらい前でしょうか、僕がサッカーの監督からFC今治いまばりの経営に転じて間もない頃に言われた言葉がいまも強烈に印象に残っているんです。
「岡田さん、世界一に何年でなれるんですか?」と。
当時のFC今治は、まだ実力では五部に相当する四国サッカーリーグに所属していましたから、世界1なんて正直考えてもみなかったことで。きょうもまた言われるのではないかと冷や冷やしていました(笑)。

柳井 いや、サッカーのことを何も知らずに勝手に言っただけですから、気になさらないでください(笑)。FC今治へ移られてから何年になりますか。

岡田 6年です。おかげさまで、チームは昨年J3へ昇格を果たすことができました。
こちらへ移ってつくづく実感しているのですが、経営というのは真綿まわたでじわじわ首を絞められるような、サッカー監督の時とはまったく異質の強烈なプレッシャーがかかるものですね。柳井さんは長年そういうプレッシャーと戦ってこられて、このコロナでも今期(2021年8月決算)は過去最高益を更新する見込みだと新聞で拝見しました。これは本当に素晴らしいことだと思います。

J3昇格を決め、歓喜に沸くFC今治の選手たち(2019年11月10日)

柳井 前期(2020年8月決算)は減収減益に終わってしまいましたが、今期は計画通りにいけば過去最高益になります。1年後ですから、きっと大丈夫でしょう。
本当は、皆がそういう気持ちでやらなければいけないと思うんですよ。日本はこの30年間、ずっとダウントレンドでしょう。情けないですよ、皆シュンとしていて。
おかげさまで当社は成長を続けることができましたが、誰にもそのチャンスはあったんです。日本のサッカーもそうでしょう。

FC今治オーナー

岡田武史

おかだ・たけし

昭和31年大阪府生まれ。55年早稲田大学政治経済学部卒業後、古河電工入社。平成2年現役引退。9年監督として日本初のFIFAW杯本選出場を果たす。10年コンサドーレ札幌監督、15年横浜F・マリノス監督に就任。19年日本サッカー協会特任理事、同年9年ぶりに日本代表監督に就任。22年W杯南アフリカ大会でグループリーグを勝ち抜きベスト16に導く。26年FC今治オーナーに就任。著書に『岡田メソッド』(英治出版)、共著に『勝負哲学』(サンマーク出版)などがある。

主体的に生きる国民が求められている

岡田 おっしゃる通りです。柳井さんは僕にいつ世界1になれるのかと聞かれた時、「自分は3年で世界一になりたい」とおっしゃいましたね。あ、俺とは違う。すごく上を見ておられるなと。このコロナ禍でも、自粛は不要、本業で貢献すべきだという信念で営業を続けていらっしゃるところにも、そういう意識の高さがうかがえます。

柳井 心配なさる方もあるかもしれませんが、ずっと営業を続けても店内でコロナにかかった人なんか一人もいないんですよ。そういう現実を見ないで、ただ形だけの自粛をする人がすごく多い。あまりに情けないんで新聞広告を出したんです。「今日も変わらず、必要な服をお届けできるように」とキャッチコピーを掲げて、当社がお客様と社員の健康を守ることに万全を期して営業していること、日常生活に不可欠な衣料品を、必要な方に、必要な時にお届けすることの大切さを訴えたんです。

岡田 そこを見失ってはならないということですね。

柳井 そもそも僕は、日本人が自粛とか忖度そんたくするのが大嫌いなんです。そこには、人に言われるからやっているという主体性のなさが感じられるからです。
東日本大震災の時も、店頭の電気を全部消せという指示を受けましたが、僕は消すなと言いました。電気を消してどうやって商売するんですか。忖度とか自粛をやり過ぎると、自分たちの生活が何によって成り立っているのかが見えなくなってしまいます。そこの判断力が日本人はとても弱いんじゃないかと僕は思うんです。
企業も個人ももっと自主性を発揮して、自分はどう生きるのかという根本のところをしっかり考えなければいけないのではないか。そういう訓練を日本人はもっと積むべきだと僕は痛感しています。
その点中国がすごいと思うのは、先日青島チンタオでコロナの陽性者が12人出た時に、感染を広げないためにわずか4日間で1,000万人の検査をやりましたよね。日本もそのくらいのことをやって、もっと安心して街を歩けるようにしなければいけないんじゃないでしょうか。

岡田 柳井さんのおっしゃる日本人の主体性のなさは、日本のサッカーが勝てない原因でもあるんです。日本の選手は監督から言われたことは真面目にやるけれど、大事な局面で自分で判断することができない。
先日、日本代表がベネズエラにあり得ない惨敗をきっしました。ハーフタイムで選手たちを見ると、目が泳いでいるんです。「どうしたらいいの、俺たち?」と。
これと対照的だったのがブラジルのU - 17のチームでした。強豪のフランスに前半で2点入れられたんですが、ハーフタイムに選手が全員グラウンドに集まって、このピンチをどう切り抜けるか、監督もコーチも抜きで猛烈に言い合いをしている。そして後半に見事逆転したんです。
これはサッカー以外でも言えることで、この国には主体的に生きる国民が必要だと僕も思います。

ファーストリテイリング会長兼社長

柳井 正

やない・ただし

昭和24年山口県生まれ。46年早稲田大学政治政済学部卒業後、ジャスコ入社。47年同社退社後、父親の経営する小郡商事に入社。59年カジュアルウェアの小売店「ユニクロ」第1号店を出店。同年社長就任。平成3年ファーストリテイリングに社名変更。11年東証1部上場。14年代表取締役会長兼最高経営責任者に就任。いったん社長を退くも17年再び社長復帰。28年には売上高でカジュアル専門店世界第3位に。著書に『一勝九敗』『成功は一日で捨て去れ』(共に新潮社)『柳井正わがドラッカー流経営論』(日本放送出版協会)などがある。