2026年1月号
特集
拓く進む
インタビュー
  • トヨタ自動車エグゼクティブフェロー河合 満

一生挑戦 一生勉強

現場一筋60年、
トヨタ技能系から初の
副社長に抜擢ばってきされた〝おやじ〟の生き方

販売台数で5年連続世界一に輝くトヨタ自動車。前期売上高48兆円、経常利益6兆円を記録し、言わずと知れた日本のトップ企業である。そのトヨタのものづくりを60年にわたり支えてきたのが河合満氏だ。中学卒業後にトヨタ技能者養成所に入り、18歳で入社して以来今日まで現場一筋に歩んできた。同社初となる技能系出身で部長職に就き、技監・専務・副社長を歴任し、いまも朝6時出社で後進の育成に邁進しているという。現場の叩き上げとして、いかに創意くふうを積み重ね、改善魂を培ってきたのか。「拓く進む」の典型ともいえる河合氏の生き方に学ぶ。

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    愛知県豊田市トヨタ町一番地に本社を構えるトヨタ自動車。約55万平方メートルもの広大な敷地の中にひと際目立つ15階建ての本館がある。11月13日(木)、その応接室で取材は行われた。

    トヨタの〝おやじ〟が60年欠かさない習慣

    ──河合さんの名刺には「おやじ」と書かれていますね。

    当社ではものづくりの責任を負う現場の組長や工長のことを「おやじ」と呼ぶんです。僕は中学を卒業してトヨタ技能者養成所(現・トヨタ工業学園)に入り、1966年18歳で入社して以来今日に至るまで60年、ずっと現場一筋でやってきました。2021年に豊田章男会長から「エグゼクティブフェロー」という役職をいただきましたが、僕には「おやじ」のほうがしっくりくる(笑)。
    ものづくりって無形なものを有形にしていくから本当に面白い。鉄の棒を真っ赤に焼いて型に入れて打つ。単なるこれだけのことなんだけど、何が面白いのかと言ったら、型だって材料だってどんどん変わっていく。そうするといろいろな工法が出てきて技術も上がって、製品が進化していく。その度に課題が出てきて、それに挑戦するわけ。常に変化を追い求め、挑戦し、達成するのが楽しい。
    60年も会社におって、いまも僕はたんぞうハウスと呼ばれる鍛造部の事務所で仕事をしているんですけど、「おやじ、こんなことがありました。なぜでしょうか?」って。いまだに分からないことがいっぱい起きる。朝から「よし、これをきょう中にやろう」と夢中になるわけよ。時間も忘れて。そういう毎日を過ごしていたら、もうこんな歳になっちゃった。この1月で78歳になります。

    ──気づいたら60年経ち、78歳を迎える年になっていたと。

    常に目的を持って挑戦すると楽しくてやりがいがあるから、時間も早く過ぎるんでしょうね。僕は若い頃から、とにかく2時間でも3時間でも時間があったら、スケジュールを埋めるタイプで、何か動いていないと気が済まない。だから、テレビを見てボーッとすることは一切ない。30歳を過ぎてからは寝込んで会社を休んだこともないし、風邪もひかない。

    ──何か健康管理で心掛けていることはありますか。

    特別なことはしていません。一つ挙げるとすれば、規則正しい生活。僕は毎朝5時起床、夜は普段は11時くらいに寝ますけど、付き合いや出張で遅い時は12時を越すこともある。ただ、夜何時に寝ても5時に起きて食事をし、朝6時に会社に行く。鍛造温泉といって鍛造工程の作業で汚れた体を洗い流すために設置された大浴場があるんですけど、その風呂に1時間入る。これは僕のルーティンで、60年ずっと続けています。
    もちろんきょうもそう。僕のルーティンを皆分かっているから、7時から8時までは後輩たちが会いに来て、様々な報告や相談を受けるのが日常ですね。
    それと、昼食は鍛造ハウス内にある食堂で現場の仲間と食べるんです。ここの本館から車で5分くらいの場所ですが、例えば本館で12時まで会議をして13時からまた会議があるという時も、僕は食堂に行く。現場は汗をかくので食堂の味はしょっぱい。その味に慣れているからおいしく感じるし、現場の仲間と騒いで食べたほうがここよりも落ち着く。

    ──徹底した現場主義ですね。

    僕はずっと現場で仕事をしてきたので、やっぱり音や匂いや空気感、皆の顔色を常に感じていないと、自分の勘が鈍るような気がする。だから、会議室にずっとおったらメンタルがおかしくなると章男会長にも言うんです(笑)。
    工場を視察して、いくら上司が「うまくいっています」と言ったって、「こんなんでうまくいっとるわけないじゃないか。ここを見てみろ」と。皆の挨拶一つにしても顔色一つにしても4S(整理整頓清潔清掃)の状態にしても、それらを見れば、何となく現場の雰囲気でうまくいっているか、問題が起きているか、改善が進んでいるか、たいてい分かるんです。そういう勘は長くトヨタにおったので、自然にみ込んだのでしょう。

    トヨタ自動車エグゼクティブフェロー

    河合 満

    かわい・みつる

    昭和23年愛知県生まれ。38年中学校卒業後、トヨタ技能者養成所(現・トヨタ工業学園)入学。41年トヨタ自動車入社。平成4年本社工場鍛造部工長、17年同部長。25年技監。27年同社技能系初の専務役員に就任。29年副社長。令和3年1月よりExecutive Fellow(おやじ)。