2020年12月号
特集
苦難にまさる教師なし
対談
  • (左)オリィ研究所代表吉藤健太朗
  • (右)仙拓社長佐藤仙務

逆境を力に新たな時代を拓く

分身ロボット「オリヒメ」や意思伝達装置「オリヒメアイ」を開発し、そのさらなる普及と進化に情熱を傾けているオリィ研究所代表の吉藤健太朗氏、32歳。脊髄性筋萎縮症(SMA)という重度障碍を持って生まれながら、僅かに動く1本の指で起業し、「寝たきり社長」として多方面で活躍する仙拓社長の佐藤仙務氏、29歳。それぞれの立場で時代をリードする2人の若きリーダーに、人生の歩みを振り返りながら、苦難を乗り越え、新しい時代を切り拓くヒントを語り合っていただいた。

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病室での初めての対面

佐藤 吉藤さんとの最初の出会いは、6、7年前でしたよね。吉藤さんが分身ロボット「OriHime(以下・オリヒメ)」を開発されているのをテレビで見て、「ああ、すごい人がいるな」と思って、僕のほうからフェイスブックでメッセージを送ったのが始まりでした。

吉藤 そうそう、私も佐藤さんのご活躍はテレビなどでよく知っていましたから、連絡してくださってありがたいなと思いました。私は、自分からなかなかアタックしていけないタイプなので(笑)。
それで、実際にお会いしようという話になったのが、確か佐藤さんが体調を崩して入院し、手術された2016年頃でしたよね。

佐藤 ええ、肺炎になって死にかけて、のどを切開したんです。最終的に声は出るようになったんですが、医師から「体調は回復しても声を出すのは難しくなるでしょう」と告げられて、絶望のどん底に突き落とされました。その時、吉藤さんが開発していた視線の動きやスイッチを使って文字を入力したり、読み上げたりすることができる「OriHime eye(以下・オリヒメアイ)」のことを知ったんです。
それってどういうものなんだろうと吉藤さんに相談したら、「じゃあ、使ってみる?」と、私が入院していた名古屋の病院まで来ていただいた。だから、初めて直接お会いしたのは病院だった(笑)。

吉藤 そう、病院だった(笑)。

佐藤 で、入院中、声が出せない間は、「あかさたな」が書かれた透明な文字盤を介護者の方が私の顔の前で動かし、目線があった文字を読み取る形でコミュニケーションを取っていたんですけど、それだとすごく手間がかかって、私も介護者の方もストレスがものすごかったんです。でも、吉藤さんのオリヒメアイは、視線の動きを自動で読み取ってくれ、自分のペースでコミュニケーションが取れるので、本当に感動しましたね。

吉藤 私もALS(筋萎縮性側索硬化症きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)など、難病で寝たきりの方が文字盤を使ってコミュニケーションを取っているのをたくさん見てきたんですけど、やっぱり、本人にも介護者の方にもすごく負担がかかる。だから、本人もコミュニケーションを取るのを遠慮してしまっていたんですよね。
この状況を何とかできないかということで、最初はロボットアームみたいなもので文字盤を動かせたらどうだろうと思ったんですけど、何か違うなと。じゃあ、視線入力センサーを使って、文字盤がモニター上で動くようにしたらいいんじゃないかと考え、2015年からオリヒメアイの開発に取り掛かったんです。佐藤さんに使ってもらったのは、製品化に向けて実証実験をしている時でした。
翌年に製品化して、2017年から購入補助適用制度を受けることができ、いま全国で100人くらいの方に使っていただいています。

佐藤 僕のような重度障碍しょうがい者はまたいつ体を壊して声が出なくなるか分かりませんから、オリヒメアイのような技術があるってことを考えるだけでだいぶ安心です。

オリィ研究所代表

吉藤健太朗

よしふじ・けんたろう

昭和62年奈良県生まれ。県立王寺工業高等学校卒業後、早稲田大学創造理工学部に進学。中学生の時、虫型ロボットコンテスト関西大会で優勝。高校時代は車椅子の開発で文部科学大臣賞、世界大会でエンジニアリング部門3位を獲得。自身が開発した分身ロボット「オリヒメ」は若者から高齢者まで幅広く活用されている。著書に『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)『サイボーグ時代』(きずな出版)などがある。

いつでもどこでも大事な人と繋がれる

佐藤 分身ロボット・オリヒメのほうも2020年9月、僕が代表を務める仙拓せんたくで代理店契約をさせていただいて、本当にありがとうございます。これは弊社に登録している障碍者の方が遠隔でオリヒメを操作し、老人ホームで生活するお年寄りの方と会話をするという取り組みなんですけど、さっそく地元・東海市(愛知県)の特別養護老人ホームで導入してもらい、嬉しい声が数多く寄せられています。
もちろんテレビ電話にもいいところはありますが、お年寄りの方々も、目の前のオリヒメが立体的に動いて会話するというのがすごく楽しいようですね。それに、オリヒメを活用すれば難病などで寝たきりの人でも在宅で働くことができますから、これからもどんどん広めていきたいと思います。

吉藤 いまコロナで営業マンが外出してものを売ることが難しくなっていますが、佐藤さんはそれをものともせずSNSなどいろんなツールを駆使し、オリヒメをばんばん紹介してくれていて本当にすごいなと。そこが佐藤さんを尊敬するポイントです。今回、その佐藤さんが代理店になってくださったことはすごく嬉しいですね。
オリヒメは、もともと足まである全身ロボットだったんですけど、機能を簡略化し、現在の上半身だけのコンパクトな形にしました。頭部にはサーボ(物体の位置をとらえて自動で作動する機械)とマイク、体にはスピーカーが内蔵されています。例えば、ご高齢の両親のそばにオリヒメを置いておけば、東京にいる息子さんや娘さんが手元のiPadアイパッドを立ち上げるだけで、いつでもどこでも会話できますし、オリヒメの首を動かすことによって部屋の中を自由に見渡したり、手を挙げたり、うなずいたりすることもできる。

佐藤さんが社長を務める仙拓が代理店契約し、東海市の老人ホームに導入されたオリヒメ

佐藤 いつでもどこでも、その人がいるかのようにコミュニケーションができるのですね。

吉藤 また面白いのは、オリヒメを操ることで、「遠隔着ぐるみ」みたいなこともできるんですよ。その人が使えばその人の分身のように動く、というのがもともとのオリヒメのコンセプトだったんですけど、特に子供たちや老人ホームのお年寄りの場合には、正直誰が操作しているのかはあまり関係がない。そこにいて、遊び相手、話し相手になってくれるということ自体が価値になっているんです。
例えば、人前でうまく話せない人が着ぐるみなどを着ると、意外に緊張しなくなるということが実際にありますよね。それと同じで、オリヒメを遠隔から操作することで、誰もが自分の素顔やパーソナリティに関係なく、お年寄りの方と会話したり、子供と遊んだりできる。これは私たちの生き方、働き方の可能性を大きく広げると思っています。

仙拓社長

佐藤仙務

さとう・ひさむ

平成3年愛知県生まれ。4年SMA(脊髄性筋萎縮症)と診断される。22年愛知県立港特別支援学校商業科卒業。当時、障碍者の就職が困難であったことに挫折を感じ、ほぼ寝たきりでありながら、23年にホームページや名刺の制作を請け負う合同会社「仙拓」(25年に株式会社に変更)を立ち上げ、社長に就任。著書に『寝たきりだけど社長やってます』(彩図社)『寝たきり社長佐藤仙務の挑戦』(塩田芳享著、致知出版社)などがある。公式YouTube「ひさむちゃん寝る」で情報発信中。