2018年12月号
特集
古典力入門
対談
  • (左)易経研究家竹村亞希子
  • (右)こども論語塾講師安岡定子

こうして古典力を磨いてきた

竹村亞希子さんと安岡定子さんは、ともにその内容の深さと分かりやすさで定評がある古典指導の第一人者である。お二人はこれまでどのように古典力を磨き、またそれをどう伝えようとされているのだろうか。古典の魅力や学び方などを交えながらお話し合いいただいた。

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全国に広まっていった論語塾

安岡 きょうは久々に竹村先生とお会いできるというので、とても楽しみでした。

竹村 私もです。安岡先生と対談できるなど願ってもないことで、喜んで名古屋からまいりました。それにしても先生の論語塾の広がりはすごいですね。いまどのくらいの講座をお持ちなのですか。

安岡 お子さんと大人のクラスを合わせて全国で20以上の定例講座を続けています。論語塾の講師になって15年ほどが経ちますが、もともと講座を広めようとはまったく思っていませんでした。いま振り返ってみると、『論語』を求めている方が全国にこんなにも多くいらっしゃるのかと、驚いています。
竹村先生もいろいろな講座をお持ちで、大変お忙しくされているようですね。

竹村 私は『易経えきょう』を教えるようになって今年で40年ですが、一番多いのは官公庁や企業での研修や講演です。致知出版社さんの「易経講座」は受講生の皆様にも好評で、「分かりやすい」と喜んでいただいていますが、既に今年で7回を重ねました。NHK文化センター名古屋教室は22年目になりますが、この講座でのみ『易経』全文を時間をかけて読んでいるのでなかなか進まず、実はまだ2周目の半ばなのです。
定例講座は最近増えてきて、博多や盛和塾せいわじゅく北大阪、銀座や京都など、10ほどになりました。古希こきを迎えて少し体が疲れる時もありますけど、いつも楽しんでやらせていただいております。
先ほど、論語塾がいつの間にか日本各地に広まっていったという安岡先生のお話に、私は改めて古典の力というものを感じたのですが、もともとどういう流れで論語塾は始まったのですか。

安岡 30代の時、下の子が小学校に入って、もう一回古典を学び直したいと思って文京区民講座に参加したのですが、そこで出会ったのが田部井文雄先生(都留つる文科大学元教授・千葉大学元教授・湯島聖堂斯文会しぶんかい参与)でした。先生の『論語』の講座は、本当に魅力的でした。孔子をはじめ弟子たちの姿が目に浮かぶようでした。学生時代に教科として習っていた『論語』とは全く違っていて、この先生についていこうと心に決めました。その頃は田部井先生の講座で『論語』を学んでいるだけで大満足でした。まさかのちに子供たちに教えるようになるとは思ってもみませんでした。

田部井先生の正式な講座とは別に、先生を囲んで勉強会をやっていた仲間の中に「子供に『論語』を教えたい」という人がいらっしゃって、先生が「面白いからやろう」、私も「いいですね」と盛り上がっていたら、結局、私が講師をすることになってしまいました。ですから「なぜ論語塾の先生を始めたのですか」と聞かれるのが一番困ります(笑)。
ただ、7、8年やっていると、かつて論語塾で学んでいたお子さんたちが遊びに来てくれて、「中学生になっても論語塾で素読した章句はいまでも覚えてる!」と私の前でそらんじたりしてくれるようになりました。海外留学した青年は、「『論語』が外国人とコミュニケーションを取る上で役に立ちました」と言ってくれました。そんな時には、「論語塾を続けてきて本当によかったな」と実感しますね。
やがて親御さんからご要望もあり、いろいろな勉強会や企業でお話をするようになり、大人向けの講座も開催しました。それが全国各地に広がっていったんです。偶然にも、私も盛和塾北大阪で講座をさせていただいています。ご縁とは不思議ですね。

こども論語塾講師

安岡定子

やすおか・さだこ

昭和35年東京都生まれ。漢学者・安岡正篤師の孫。二松學舍大学文学部中国文学科卒業。論語教室の第一人者として知られ、子供からビジネスマンまで全国各地で20以上の講座を受け持つ。主な著書に『楽しい論語塾』(致知出版社)『心を育てる こども論語塾』『実践・論語塾』(ポプラ社)『アスリート論語塾』(エクイネット)など。

子供扱いしなかった祖父・安岡正篤

安岡 私のクラスにお子さんを連れてくる30代、40代の親御さんの中には、学校の漢文の授業は、文法ばかりするのでつまらないとか、挫折ざせつしたとおっしゃる方も少なくありません。それなのになぜ我が子に『論語』を習わせようとされるのでしょうか。ピアノや水泳などの習い事からだけでは学べないものが『論語』にはあるみたいなんです。
単に優秀であるとか、優れた技能を身につけることが優先されて、人の気持ちを察するとか、志を持つことの大切さが置き去りになっていることへの危機感を抱いている親御さんが多いようです。そんな時に、たまたま『論語』の本を手にされたり、近所の子が論語塾に通っているという話を聞かれたりしたことがきっかけで論語塾に通わせるようになられるケースもあります。ただひと言、「『論語』を学んだからといって明日から劇的に変わるという即効性はありません」とだけはいつも念を押しているんですけれど(笑)。

竹村 幼いお子さんでも、続けていくことで雰囲気に馴染なじんでいくのでしょうね。

安岡 最初はただ走り回っている幼い子もいますけれど、私は子供たちにも保護者の方にも「小さい子の集中力なんて60分も持たないので、途中で席を立ったり、何か飲み始めたとしても全く構いません」と申し上げているんです。素読の時には皆と同じように声を出す、私が質問をしたら真剣に考える。その2つだけをきちんとやってくれればいいです、と。
そのことと併せて「周りの迷惑になるかならないかは自分で考えられる人になってください。私からは一切注意はしません」とも言っています。もちろん個人差はあるのですが、1年くらい経つと走り回っていた子もきちんと座って話が聞けるようになりますね。
祖父・安岡正篤は決して私たちを子供扱いしませんでした。孫の私にも「定子さん」「あなたは」という呼び方をしていました。私が子供たちに人格ある一人の人間として接しているのもそういう影響があるのかもしれません。

竹村 安岡正篤まさひろ先生のお孫さんだから、幼少期からさぞかし古典を教えられてきたように思ってしまうんですが、実際には直接古典を教わるようなことはなかったと聞いて驚いたことがあります。

安岡 おっしゃる通りです。それでも、私はなぜか中学生の頃から漢文などの古典は好きでした。あまり古典に抵抗を感じなかったのは祖父が話す内容に古典からの引用が多くて、それを幼い頃から言葉ではなく音として聞いていたことがあると思います。ちょうど、私が小さいお子さんと素読をしながら、音の世界で楽しんでもらっているのと同じですね。

易経研究家

竹村亞希子

たけむら・あきこ

昭和24年愛知県生まれ。東洋文化振興会相談役。中国古典『易経』を占いでなく古代の叡智の書として分かりやすく紹介。易経全文を読むのに15年をかけるNHK文化センター名古屋教室「易経」入門講座は22年目に入る。著書に『人生に生かす易経』『易経一日一言』(編著)、共著に『こどものための易経』(いずれも致知出版社)『易経 陽の巻・陰の巻』(新泉社)などがある。