2023年8月号
特集
悲愁ひしゅうを越えて
対談
  • 日本子守唄協会理事長西舘好子
  • カトリック長崎大司教区司祭古巣 馨

悲しみはいつか
恵みに変わる

命の根源である子守唄の伝承を通して虐待防止やシングルマザー支援などの活動に取り組む日本子守唄協会理事長・西舘好子氏。思わぬ出逢いから聖職者としての道を歩むようになったカトリック神父で教誨師でもある古巣馨氏。お二人は長年、多くの人の悲しみや愁いに寄り添いながら、その未来を拓くために献身的な歩みを重ねてきた。自身もまた様々な人生の悲愁を越えながら生きてきたお二人が語り合う幸せへの道標。

この記事は約27分でお読みいただけます

子守唄の普及を通して母子支援

西舘 古巣ふるす神父様とお会いできるというので、神父様が書かれたキリシタン大名・高山こんについての本を読ませていただきました。「人の心の傷にそっと触れた時に右近は成長していった」というような印象的なフレーズがたくさんあって、とても感動したんです。

古巣 私のつたない本をお読みいただき、本当にありがとうございます。

西舘 私も長年、子守唄の普及を通した母子支援や虐待の未然防止のための活動を続けてきましたから、命の根源に関わる仕事をしているという意味では、多くの人の苦しみや悲しみに寄り添ってこられた神父様と同じだと思っています。きょうはお会いできるのがとても楽しみでした。

古巣 西舘にしだてさんとお話しできる機会を与えていただき、私も喜んで長崎から上京してまいりました。
西舘さんは日本子守唄協会を主宰されているそうですが、協会ができてどのくらい経つのですか。

西舘 23年です。この間、ファミリーコンサートなどのイベント活動や悩み事相談、機関誌『ららばい通信』の発行、一人親家庭のための「子ども配食」などの活動を続けてきました。
ところが、コロナによってイベントなどが思うようにできなくなりましたでしょう? と同時に派遣社員など女性の雇用や生活が不安定になってきました。自分たちがいま何を発信していくべきかと考えていた時にシングルマザーの自立を支援する施設の設立を思いついたんです。それで、2年ほどかかりましたが、昨年(2022年)、群馬県しも町という過疎地域にある廃校を借りて「女性村」というものを開設しました。

古巣 命の受け皿が、女性村という形になったのですね。

日本子守唄協会が主催するファミリーコンサート

西舘 はい。「ねぎぼうずプロジェクト」と名づけたのですが、それを発想したもともとの原点は半世紀前にさかのぼります。夫だった井上さん(作家・井上ひさし氏)と3人の娘でオーストラリアで生活していた時、シングルマザーが生活する女性村を訪ねたことがありました。そこには小さな屋台が並び、手づくりのジャムやケーキ、絵本などが売られていて、そこでいきいきと生活する女性たちの姿がとても印象に残っていたんですね。
群馬県の廃校をどうやって活用するかが大きなテーマでしたが、できれば女性たちの手で運営できないかと。具体的には各種講座や専門家の相談窓口、地元との交流を兼ねた農業体験などです。いまはまだ寝泊まりができる施設がないのが残念なのですが、都会にお住まいの方が日本の伝統的な田園風景を見ながら下仁田までの旅をゆっくり楽しみ、大自然の中で子育てを楽しんでいただきたいというのも私の思いですね。
ピアニストのフジコ・ヘミングさんにもご支援いただいていて、フジコさんが幼少の頃から使っていたピアノが置かれている他、フジコさんがお描きになった絵も37点展示しているんです。学校の教室を生かして、それぞれのテーマで独立起業した村をつくりたいと取り組んでいます。

日本子守唄協会理事長

西舘好子

にしだて・よしこ

昭和15年東京生まれ。劇団の主宰や演劇のプロデュースで活躍し、平成12年NPO法人日本子守唄協会を設立。現在は理事長として、子供たちへの文化の継承に尽力。著書に『歌い継ごうよ、子守唄』(仏教企画)『こころに沁みる日本のうた』(浄土宗)など。

悩める人々の心に寄り添い続けて

古巣 何一つまともに務めてはいないのですが、私はカトリック神父の他、長崎刑務所の教誨師きょうかいし、大学の教官、「さばと座」という劇団に携わらせていただいています。
私は神父として町の教会に勤めてはおりません。私に課された務めは信徒たちの離婚や再婚に関わることです。本来、カトリックでは離婚は容認されていません。でも、現実には今日の社会と同じように3組に1組は夫婦生活が続けられず離婚しています。最初から結婚になっていなかったり、結婚後にそれまでになかった人間性が露呈したりと、破綻はたんの理由は、それぞれ違うんです。大変な苦労をして離婚した人たちの相談を受け、次の人生に向けて新たな扉を開ける手伝いをしています。
時に裁判に発展することもあり、傷がえるのには時間が掛かります。結婚よりも離婚のほうがよほどエネルギーが要ります。実際、私のところに来られる方の約3分の1はうつや統合失調症など何らかの症状を抱えながらやって来るんです。

西舘 信徒さんたちの切実な悩みに耳を傾けていらっしゃるわけですね。

古巣 劇団「さばと座」について申し上げると、1865年3月17日、長崎の大浦天主堂でパリ外国宣教会の司祭と浦上の潜伏キリシタンが出会う「信徒発見」という出来事がありました。この出来事をテーマにした劇を地元の信徒たちと一緒に上演しています。
潜伏キリシタンは「七代経てばローマから神父が遣わされ、そうすれば大きな声でお祈りができる。いままで自分たちをさげすんでいた人たちが道を譲ってくれる日が来る」という言い伝えを信じて実に250年もの間、神父との出会いを待ち続けました。なぜ潜伏キリシタンは一人の指導者もいないのに、この大切な信仰を親から子へと手渡し続けることができたのか。「希望の伝承」がこの劇の主題です。家庭でも、学校でも、社会でも、大切なことを伝えることが難しくなったいまだからこそ、必要なことだと思い、上演し続けているんです。

カトリック長崎大司教区司祭

古巣 馨

ふるす・かおる

昭和29年長崎県生まれ。56年初来日したヨハネ・パウロ二世教皇により司祭叙階。現在、長崎大司教区法務代理、長崎純心大学教授、福岡カトリック神学院講師、列聖列福特別委員会委員、長崎刑務所教誨師などを務める。信徒発見などキリシタン史をテーマとして活動を続ける劇団「さばと座」を主宰。著書に『ユスト高山右近』(ドン・ボスコ社)