2025年3月号
特集
功の成るは成るの日に
成るに非ず
対談
  • 2023WBC侍ジャパンヘッドコーチ白井一幸
  • はやぶさ2プロジェクトマネージャ津田雄一

最高のチームを
つくる要諦

世界一&世界初の偉業は
いかに成し遂げられたのか

2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、栗山英樹監督率いる侍ジャパンのヘッドコーチを務め、14年ぶり3度目となる世界一に貢献した白井一幸氏。
2021年に地球帰還を果たし、新たな旅に出た小惑星探査機「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャとして、9つの世界初のミッションを達成へと導いた津田雄一氏。
野球と宇宙工学、分野は異なるものの、共に最高のチームをつくり上げ、偉業を成し遂げた。そのお二人が初めて相まみえ、語り合った体験的組織論は成功の要諦に溢れている。

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侍ジャパンが掲げた目的と目標

津田 白井さん、はじめまして。WBCは私も観ていましたから、きょうは大先輩のお話を聴けることを楽しみにしてきました。

白井 ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

津田 白井さんは方法論を確立されている状態でWBCに臨まれたと思いますが、私は初めて大きな組織のリーダーを任されたので、本当に試行錯誤を重ねながら四苦八苦しました。だから、もう一回同じことをやれと言われても再現できないだろうなと(笑)。

白井 試行錯誤している時って、やることに意識が向いていて必死だから、あまり大変さって感じなかったんじゃないですか。でも、後から振り返るとよくあんなことやっていたなって。

津田 本当にそうです。アドレナリンがずっと出ているような感じで、いま考えるとよくあんなことやっていたなと思います。すごく濃密な時間でした。
我々の場合、はやぶさ2の打ち上げから地球帰還まで6年間ありましたので、時間をかけて徐々にチームをつくっていったのですが、野球は1年サイクル、WBCになると非常に短い期間でチームをまとめていくわけですよね。それをどうやって成し遂げられたのか、すごく興味があります。

白井 WBCの時はキャンプが約20日、試合が約20日、40日間のチームでした。でも、侍ジャパンのような短期の代表チームであろうと、ファイターズのような長期のクラブチームであろうと、チームが一つになる方法は同じなんです。私はファイターズで取り組んできたチームづくりを侍ジャパンにそのまま当てはめましたし、いまは主に企業研修を年間200日ほど手掛けていまして、大小様々な組織づくりに生かせます。
大事なのはゴールを全員が共有できるかどうかなんですね。どんなことがあっても何が何でもゴールに行くんだと、チームの全員が思えるかどうか。ゴールというのは目標だけではないんです。目的も含めてゴール。もっと言えば、本当のゴールは目的のほうです。
何のためにこの目標を達成するのか、この目標を達成するとどんなことが起きるのか、どんな価値が生まれるのか。こっちのほうが実は重要なんです。

津田 すごく共感します。私の場合は国家プロジェクトでたくさんの人と時間とお金を投資してやるわけですが、結果は保証されていない。ですから、たとえ失敗したとしても、こういう学びがあったとか、世の中にこういう明るい話題を与えられたとか、携わる人たちが長い間これをやってよかったと思ってもらうためには何をすればいいんだろうってすごく考えさせられました。
野球の場合、目標は勝つことで、目的はそのプロセスで何を見せるか、ということですか。

白井 そうです。侍ジャパンは世界一になるという目標を掲げましたけど、それは必ずなれるわけではない。もっと大事なもの、我々ができることって何かと言うと、野球を通して多くの皆さんに感動をお届けする。これが侍ジャパンの目的でした。

津田 目標は世界一、目的は世界中の人たちに感動を届ける。

白井 結果というのは出たり出なかったりするんですよ。打ち損じの打球がたまたまヒットになることもある。でも、たまたま全力を尽くしたとか、たまたまやるべきことができましたっていうのはないんですよ。それらは意識してやらないとできません。

津田 結果がどうであれ、全力を出さないとダメですよね。

白井 全員が全力でやる。それが感動につながるんです。スーパースターの個性的な選手たちが、チームの勝利のためにやるべきことを愚直にやっている。あんな凡ゴロでも全力で走るんだってなると、そこに感動が生まれて野球界全員のお手本になります。
結果は相手があることなので、自分の力だけでコントロールできませんけど、自分たちが意識してできることを愚直にやり続けていけば、目標は勝手についてくる。目標ばかり見ているとおかしな方向に行ってしまうんですよ。

2023WBC侍ジャパンヘッドコーチ

白井一幸

しらい・かずゆき

昭和36年香川県生まれ。58年駒澤大学を卒業後、ドラフト1位で日本ハムファイターズ入団。平成3年自身最高打率3割1分1厘でリーグ3位、最高出塁率とカムバック賞を受賞した。9年日本ハムファイターズの球団職員となり、ニューヨーク・ヤンキースへコーチ留学。12年二軍総合コーチ、翌年二軍監督を経て、15年一軍ヘッドコーチに就任。令和5年のWBCで侍ジャパンヘッドコーチを務め、世界一に輝く。企業研修講師としても全国を飛び回る。著書に『侍ジャパンヘッドコーチの最強の組織をつくるすごい思考法』(アチーブメント出版)など多数。

いかにして全員がゴールを共有したのか

津田 でも、侍ジャパンの選手たちは最初からそういう考えで集まっていたんですか?

白井 世界一という目標は明確だったものの、目的はあいまいでした。そもそも何のために野球をやっているのか、野球を通して何を成し遂げたいのかという目的を持っている選手は少ないですね。野球が好きでやっているくらいにしか思っていないので、目標ばかり追いかけているんです。そうすると、ホームラン王を取ったら終わり。次の目標がないからなかなかエネルギーが湧いてこない。
ただ、例えば大谷翔平選手は違います。世界で最も愛され応援される選手になりたい。世界で最も影響力を与える選手になりたい。目的が明確です。だから、彼はホームラン王になって目標を達成しても燃え尽きないんです。目的を追いかけている選手は終わりのないゴールを進んでいくので、伸び続けていくんですよ。
ですから、私はキャンプの最初に「世界一になれるかどうか分からないけど、全力を尽くすこと、感動を与えること、皆のお手本になることは誰にでもできるから、まずそこを一所懸命やっていこう」とメッセージしました。

津田 そういうチームの雰囲気を醸成するのがコーチの役割だと。

白井 ええ。また、試合に出られない選手が当然出てきますよね。その時に「なんであいつが出て、俺が出られないんだ」って言い出すと、どんなに能力があったとしても、引き算とか割り算のようにチーム力ががれていく。

津田 つぶし合いになってしまう。

白井 そこで私が伝えたのは「実は試合に出られない選手が大事なんだ。全員がチームのゴールに向かってできることを考えてやっていこう」と。試合に出られないと不平不満を言うのではなく、いまの自分の立場でチームが勝つために何ができるのかを考えて献身的な行動を取っていく。
そうすると、「彼があんなに声を出して応援してくれている。あんなに集中して練習している。俺が逆の立場だったらあそこまでできるかな。もっとやらなきゃ」って相乗効果が生まれて、掛け算型のチームになるんですね。
ああしなさい、こうしなさいと言われてやるんじゃなくて、ゴールに行くために自分ができることは何だろう、自分の強みは何だろうと全員が考えて、全員が行動していく。そうやって一人ひとりが自立してリーダーシップを発揮する。侍ジャパンはまさにそういうチームに大会を通して成長していきましたし、それが強さの土台にあったと思います。

津田 ベンチの様子を見ていても、皆が前のめりに同じ方向を向いて戦っていると感じていました。

はやぶさ2プロジェクトマネージャ

津田雄一

つだ・ゆういち

昭和50年広島県生まれ。平成15年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。同年JAXA(宇宙航空研究開発機構)に入る。小惑星探査機「はやぶさ」の運用に関わると共に、ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」のサブプロジェクトマネージャを務め、世界初の宇宙太陽帆船技術実現に貢献。22年より小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトエンジニアとして開発を主導し、27年プロジェクトマネージャに就任。世界初となる9つのミッションを達成に導く。著書に『はやぶさ2 最強ミッションの真実』(NHK出版新書)などがある。