2024年10月号
特集
この道より
我を生かす道なし
この道を歩く
対談
  • スポーツ脳科学者林 成之
  • 東京いずみ幼稚園園長小泉敏男

人間の可能性を
こうして花開かせてきた

人間には無限の可能性がある、とよく耳にする。しかしどうすればそれが花開くのか。解を持つ人は少ない。その中にあって、脳神経外科医として世界初の「脳低温療法」を確立、さらに脳科学を生かして多数の五輪メダリストを育成してきた林 成之氏。専門外から幼児教育の道に入り、大人でも難しい古典・名文を園児がすらすら読みこなす、卒園児の平均IQが120という稀有な幼稚園をつくり上げた小泉敏男氏。人育てという普遍のテーマに挑む両氏の実践訓に耳を傾けたい。

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脳科学と教育の交差点で

小泉 林先生、初めまして。小泉です。お邪魔いたします。

 我が家までご足労いただいて、ありがとうございます。どうぞ、おかけください。

小泉 尊敬する先生にお目にかかれて、本当に光栄です。

 小泉先生が致知出版社から出される『国語に強くなる音読ドリル』の原稿と、去年(2023年)の『致知』7月号の記事を編集部に送ってもらって、読みましたよ。すごいですね。僕も先生から教わっていたら、もっとましな人間になれたな。

小泉 いやいや(笑)。

 本当に思いましたよ。幼稚園の子供たちが正座してめいそうしている写真があったでしょう。背筋がピシーッとしていてね。
それと、音読学習。読ませているのは大人でも難しい、日本を代表する文学や古典の名文だというじゃないですか。それを3歳くらいの子供に教えるって、信じられない。子供たちも素直に受け止めて、すらすら読んでしまうんですから、大したものです。

小泉 幼稚園を立ち上げて来年(2025年)で50年になります。私は大学時代、小中学生を対象に塾を開いていましてね。いろいろな子供、特に成績が悪くて悩む子を見ながら、就学前の家庭で過ごす乳児期、幼稚園での教育が大きく影響するんだなと常々感じていたんです。
だから父と幼稚園をつくってから、来てくれた子にできる限りの教育をしてあげたくて、子供の発達によさそうだと感じた教育法はどんどん取り入れてきました。結果、皆が想像以上に成長してくれたというのが正直な実感です。

 子供の才能、潜在能力を引き出す名人だと思いましたね。

小泉 それが、確かに長く子供を見てきて、自分たちの教育にそれなりの自信はつきました。ただ幼児教育を専門に勉強した人間ではないので、裏づけがないわけです。
それで別の脳科学者の先生にお会いしたり本を読んだり、随分もがきまして、10数年前に林先生のご著書と出合いました。特に『素質と思考の「脳科学」で子どもは伸びる』は、教育を実践する中で漠然と感じていたことが、雲が晴れるように明快になっていく感覚がありました。これってやっぱり脳によかったんだ! と一文一文に力を得る思いで読みましたね。
先生のおかげでようやく「子育ては脳育てですよ」とはっきりとお伝えできるようになりました。

スポーツ脳科学者

林 成之

はやし・なりゆき

昭和14年富山県生まれ。日本大学医学部、同大学大学院博士課程修了。マイアミ大学医学部、同大学救命救急センターに留学。平成3年日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター部長に就任。27年より同大名誉教授。脳低温療法を開発し、医学界に貢献する傍ら、トップアスリートの指導に関わる。著書多数。『運を強くする潜在能力の鍛え方』(致知出版社)を刊行予定。

本能という基盤を鍛えて伸ばす

 素晴らしい。実は僕も、近々『運を強くする潜在能力の鍛え方』という本を致知出版社から出す予定なんです。たぶん僕が死ぬ前に出す最後の本になると思います。
手前味噌みそですけど、この本にはすごいことが書いてありますよ。潜在能力というと単純に、自分の中に眠っていて、表に出ていない力のことだと思うでしょう?

小泉 ええ。

 私も昔はそう思っていました。だけど本当は、子供も大人も潜在能力という〝才能〟を秘めている。そしてそれは工夫次第で進化させることができるんです。
それなのになぜ、普段意識することがないかと言えば、人間の脳は難しいことを嫌うからです。
脳にはいくつかの本能があります。「生きたい」という生物としての根源的な本能から、「自分を守りたい」という〝自己保存〟の本能まで持っている。この自己保存の本能がやっかいなんです。
潜在能力のようなすぐに理解できない、難しい情報が脳に入ってくると、自分を守ろうとして単純な話に置き換えるから思考が深まりません。さらにこの本能は、何に取り組むにも失敗しないために目標を小さくさせます。

小泉 無意識のうちに、私たちは思考や行動を制限されている。

 人間の脳は本能を基盤に、そこから生まれる「気持ち」と一体で機能していて、その上に「心」が機能しているんですよ。ここが重要なポイントです。
独創的な発想やかみわざと呼ばれる技術、こういった人間の高次元の営みは「心」の働きを伴います。これらの高度な営みを生み出す潜在能力は、その基盤になる本能を鍛えることで高められるんです。このことを最後に伝えたくて、原稿を何度も何度も見直しています。

小泉 その話で言いますと、小さい子ほど本能に近いですよ。親が子供の本能を伸ばすように接することでものすごく成長します。

 その通りですね。

小泉 ただ、人間には先入観というものがあります。ことに子育ては実の親や生まれ育った環境、限られた情報に左右されて、つまらない、つらいものと思い込んでしまう方が多いです。その先入観で育児に入るとどうなるか。
子育ては必ず壁にぶつかります。その時に、うまくいかないことを子供や環境のせいにして、子育てという尊い営みを大変陳腐ちんぷなものにしてしまう。手探りで子育てをする怖さはそこで、きちんと軸を教えないといけないんです。
だから当園では入園前にご両親と面談して、子育てに対する意識合わせをします。子供が育つ上で望ましくない場合は、反発されるのは覚悟の上ではっきり言います。脳をきちんと育てていけば、先生の言うように心が素直で頭もいい、素晴らしい子に育ちますよと。

東京いずみ幼稚園園長

小泉敏男

こいずみ・としお

昭和27年東京都生まれ。大学在学中に小泉補習塾を運営、卒業後の51年父と共にいずみ幼稚園を創設し、副園長に就任。石井式漢字教育、ミュージックステップ音感教育など画期的なプログラムを早期に導入。平成7年より園長。16年第13回音楽教育振興賞を幼児教育界で初めて受賞する。近刊に『国語に強くなる音読ドリル』(小泉貴史氏と共同監修/致知出版社)がある。