2021年1月号
特集
運命をひらく
対談
  • (左)ジャーナリスト櫻井よしこ
  • (右)京都大学名誉教授中西輝政

日本よ自立国家たれ
活路はそこにしかない

アメリカ大統領選挙では次期大統領に民主党のジョー・バイデン氏が勝利を確実にしたとされる。覇権国家・中国に対して厳しい睨みを利かせていたトランプ政権から融和へと大きく転じるアメリカ。世界が激変する中で、日本はどこに活路を見出し、運命をひらいていけばよいのだろうか。国際情勢に造詣が深いジャーナリスト・櫻井よしこ氏と京都大学名誉教授・中西輝政氏に語り合っていただいた。

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新型コロナウイルスで最も傷ついたのは中国

櫻井 アメリカ大統領選挙は民主党のジョー・バイデン前副大統領が勝利しましたね。

中西 トランプ大統領は「不正選挙」があったとして法廷闘争に打って出ていますが、バイデン陣営は実に賢くて勝利を既成事実化しました。各国の首相も相次いで祝意を示し次期大統領という流れができてしまいましたから、これを裁判でくつがえすのは容易ではないでしょう。また、そんなことをしていたらアメリカは民主主義国家としてやっていけなくなる。

櫻井 多くの不正があったのは確かでしょうし、バイデン政権の誕生で国際情勢の流れが大きく変わることを思えば危惧きぐせざるを得ない部分も多いのですが、ここでアメリカが内乱状態になって一段と分断が進めば、一番喜ぶのは中国です。最悪のパターンです。トランプ大統領の挑戦は続くとして、ここでは一応バイデン政権誕生を前提にお話を進めることにします。
さて、2020年もあと1か月ほどで終わりを告げようとしています。この1年間の世界情勢の変化はすさまじかったですね。

中西 2020年は、後世の人たちが間違いなく世界史的な分水嶺ぶんすいれいだったと評価するであろう年になると私は思います。第一に、何といってもコロナ・パンデミックが「全人類を瞬時に巻き込む」という人類史初の出来事が起こりました。そして、コロナは私たちの価値観や社会システム、国際情勢などあらゆるものに大変な衝撃を与えました。2つ目はアメリカ大統領選挙の戦われ方とその結果です。これまた21世紀の歴史の大きな分水嶺になることでしょう。
3つ目、これは日本の立場からも重大なことですが、中国が一気に膨張志向を強め、世界中で警戒心が高まったこと。これも、考えてみると中国が一つの時代の終わりに差し掛かったことを示しているのではないか、と思います。香港に対する措置をはじめ一気に強硬さを増した外交と共に、10月に開かれた五中全会ごちゅうぜんかい(中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議)の様子を見ても、習近平国家主席の強引なやり方は党幹部の間に水面下での反発を広げていて、実のところ一段と孤立を深めている。私の見方では、やはりこの体制は長くは続かない、という感想を持ちました。
いずれにしてもこれらアメリカと中国の一連の動きは、長年それぞれの内部で蓄積してきた危機が浮上し表面化したといってよいと思います。抑制を欠いたグローバリゼーションと行き過ぎた成長至上主義の世界秩序がコロナ・パンデミックという形で現れ、人類に逆襲しているようにも思えます。

櫻井 中西先生が示された3つのポイントはその通りだと思います。武漢ウイルスは私には中国がもたらした世界に対するうらみのようにも思えてなりません。結局、武漢ウイルスの対策の失敗でトランプ大統領は退陣し、安倍政権も武漢ウイルスがなかったら続いていたかもしれません。
中国はウイルスによって日米という2つの大きな競争相手を退却させたわけです。同時に中国もまた自分の正体を世界にさらしてしまった。武漢封鎖のあり方を見ても、中国の国民全員の行動を徹底的に取り締まるという圧迫ぶりに世界は言葉を失いました。
その後の医療体制においても、マスクや医療品を武器にして世界で支援活動を続け、あたかも救世主であるかのように装ったわけです。敵の混乱に乗じて目標を達成しようという狡猾こうかつさ、不正直さに、それまで中国に親しみを感じていたヨーロッパ諸国までが距離を置くようになりました。日米以上に傷ついたのは、自国への信頼を失った中国だったわけです。

京都大学名誉教授

中西輝政

なかにし・てるまさ

昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『国民の覚悟』『賢国への道』(共に致知出版社)『大英帝国衰亡史』(PHP文庫)『アメリカ外交の魂』(文春学藝ライブラリー)『帝国としての中国』(東洋経済新報社)、近編著に『アジアをめぐる大国興亡史』(PHP研究所)他多数。

凋落するアメリカ今後日本はどう生き残るか

櫻井 大統領選挙について申し上げますと、アメリカは常に分断の中で歩んできた国です。その分断を埋めようとしてクリントン政権の時は民主党が共和党に近づき、ブッシュ(子)政権の時は共和党がリベラルに近づいて〝温情ある保守主義〟を打ち出し、オバマ政権はリベラルも保守も白人も黒人も皆一つという理想のもと「YES WE CAN」という標語を掲げて溝を埋めようとした歴史があります。
トランプ政権はどうだったかというと、自分の政治力につなげるために分断を利用しようとしました。それがうまくいかずにこのような結果になったわけですが、大統領選挙が終わってみると分断はさらに大きくなりました。トランプ氏、バイデン氏共に支持基盤を広げ、共和党、民主党がより強く激しく対立する構図となってしまったんです。
この分断を埋めるには、これからとても長い時間がかかると思います。それだけの時間をかけて努力しても分断は本当に埋まるのかという疑問もあります。いままで自由や民主主義という価値観で世界を主導してきたアメリカが、ここでいよいよ影響力のかげりを見るのか、という感じはやはり否めません。

中西 確かに、長期あるいは超長期的に見て、アメリカの凋落ちょうらくはやはり避けられないでしょうね。

櫻井 では、そうなった時、日本やイギリス、フランス、ドイツ、カナダ、オーストラリアといった国々はどうするか、です。大国ではないけれど、十分に力を有するこうした国々が集団指導体制というか、連合体制をつくりながら自由と民主主義の価値観を守っていくことが大事だと考えます。その中で非常に重要な役割を果たすのが日本で、日本にはその責任があります。またそれを担うだけの力もあります。
力があると言いましたが、そのためには日本国が憲法改正をはじめとして、普通の民主主義国の姿を取り戻していくことがどうしても必要です。

中西 ヨーロッパのオピニオンを注視していると、例えば日本の安保の基礎はもちろん日米同盟にあるわけですが、この同盟の根源的な支えは、私の見るところ、アメリカの対外関与への意志、とりわけNATOナトー(北大西洋条約機構)の存続いかんにあり、もしNATOが雲散霧消うんさんむしょうしたら、いくら日米同盟だけを維持しようとしても、これは長くは存続できないでしょう。この四年間のトランプ政権時代に米欧関係は少し揺らぎましたが、日米欧、この3極の安定が重要な日本の支えであることをもう一度認識する必要があるでしょうね。

ジャーナリスト

櫻井よしこ

さくらい・よしこ

ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスター等を経て、現在はフリージャーナリスト。平成19年「国家基本問題研究所」を設立し、理事長に就任。23年日本再生に向けた精力的な言論活動が評価され、第26回正論大賞受賞。24年インターネット配信の「言論テレビ」創設、若い世代への情報発信に取り組む。著書多数。最新刊に『言語道断』(新潮社)がある。