2021年1月号
特集
運命をひらく
  • 言語学者金谷武洋

日本語こそが
世界を平和にする鍵

日本語には世界を平和に導く力がある——。様々な実例を挙げてそう語るのが、長年カナダで日本語教師を務めた言語学者・金谷武洋氏である。日本語と英語の違いを明らかにしながら、日本語の持つ美質を解説いただいたが、これはすなわち、日本の未来を切りひらくヒントとなるだろう。

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母語が心の形をつくる

アメリカ人や中国人とは対照的に、日本人が自分の意見をはっきりと主張しない傾向が強いことは、世界的によく知られているところでしょう。私は長年言語学を研究する中で、この民族性が築かれた背景には言語が色濃く影響していることに気がつきました。日本語という言葉には、自然と自己主張にブレーキがかかるような仕組みがひそんでいたのです。

40年以上カナダで暮らし、そのうち2012年に定年退職するまでの25年間はモントリオール大学の東アジア研究所で日本語科科長を務めてきました。その中で300名近い学生を日本への留学に導いてきましたが、毎回彼らの変化には驚かされます。

日本語教師や日本語学習者の間では、昔から「日本語を学ぶと性格が穏和になる」「人との接し方が柔らかくなる」といわれているのですが、まったくその通りで、話し方も思考も日本人的になって帰ってくるのです。

あくまで抽象論ですが、この日本語の持つ「人を優しくする力」に着目し、言語学者の鈴木孝夫先生はタタミゼ効果という言葉を生み出しました。タタミゼ(tatamiser)とは「畳」を動詞化したフランスの造語で、「日本人っぽくなる、日本びいきになる」の意で使われています。要するに、日本に行って畳の生活をするうちに、考え方や言葉、行動が日本人的になるというのです。

日本へ留学した学生たちが口をそろえるのが、日本人の共感力の高さです。何か困り事があると、ホームステイ先のお母さんが「そう、困ったわね」と、同じ目線で相談に乗ってくれて感動したと多くの学生が語ります。後述しますが、この「共感力」の高さこそが日本語の特徴であり、世界に誇るべき素晴らしい特質であるのです。

言語は人間が世界を認識するための道具です。違う道具を使えば、当然、世界観も変わります。「サピア・ウォーフの仮説」と呼ばれる言語学者の主張の中にも、「母語、つまり子供の時に家庭で覚えた言葉で、世界の見方が決まる」と明記されています。

世界を見渡せば、いまなお途上国のあちらこちらで紛争が続き、先進国内でも米中の対立が激化するなど問題を抱えています。そんな混沌こんとんとした世の中で、「人を優しくする力」を持つ日本語こそが行き詰まった世界情勢を打開してくれるきっかけになるのではないか。そう私はひそかに期待を抱いているのです。

言語学者、モントリオール大学東アジア研究所日本語科元総長

金谷武洋

かなや・たけひろ

昭和26年北海道生まれ。函館ラ・サール高校、東京大学教養学部卒業。カナダのラヴァル大学で修士号(言語学)取得。モントリオール大学で博士号取得。カナダ放送協会国際局などを経て、平成24年までモントリオール大学東アジア研究所日本語科科長を務める。25年にわたる日本語教師の経験から、日本語の学校文法がいかに誤謬に満ちているかを訴え、新しい日本語文法の構築を提唱している。著書に『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』(飛鳥新社)『日本語に主語はいらない』(講談社)など多数。