2023年2月号
特集
積善せきぜんいえ余慶よけいあり
対談
  • お茶の水女子大学名誉教授藤原正彦
  • 国家基本問題研究所理事長櫻井よしこ

何が国を豊かにするのか

いま我が国は様々な内憂外患を抱えている。かつて吉田松陰は「天下の大患は其の大患たる所以を知らざるにあり」と言った。私たちが直面している問題の本質とは何か。どこにその根本原因があり、いかなる手を打っていけばよいか。保守論壇の重鎮である藤原正彦氏と櫻井よしこ氏に、豊かで徳の溢れる国づくりへの道筋を大所高所から論じていただいた。

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初等教育は国語と読書に尽きる

櫻井 いま我が国は様々なないゆうがいかんを抱えています。そもそも何が問題か、その原因はどこにあるか、いかに対処し、より豊かな国を築いていくか。藤原さんと共に日本再生への道を考えたいと思います。

藤原 問題といっても随分いろいろとあって、私は大きく3つの内憂があると思っています。一つは少子化です。2021年の日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)は1.3で、6年連続で低下し、1.5未満の「超少子化」水準をさらに下回っています。出生数は過去最少で、81万1,622人でした。
ところが、政府は本気になって止めようとしていません。それで結局は経済界の言うことを聞き、安い労働力として移民を受け入れるということで、本質的な解決をしようとしていないんです。
例えば、フランスもかつて同じ悩みを抱えていましたが、高校までの学費を原則無料にするとか、3人以上子供のいる世帯に大幅な所得税減税を施すとか、2人以上を養育する家庭に所得制限なしで家族手当を給付するとか、様々な子育て支援によって回復させましたよね。日本もそれくらいしないと移民国家になってしまいます。

櫻井 日本人の家族意識も随分と変わってきています。法務省のもん機関である法制審議会の家族法制部会で議論されている内容を見ると、これが我が国日本かと思うようなひどいものです。
現在、夫婦の3組に1組が離婚するといわれていますが、その際に子供の連れ去りが多く発生しています。離婚後も子供の養育に両親が協力して関わる共同親権が裁判ではほとんど認められず、片親だけに養育権を与える単独親権がまかり通っている。これは他の先進国ではあり得ないことです。
その状況を是正すべき審議会が迷走し、シングルマザーの立場に肩入れする人権派によって、一方の親を排除して子供の独占を促進するかのような議論がなされているのです。シングルマザーを助けることはもちろん大事とはいえ、社会全体ではきわめて少数です。少数の人々を守りながらも、社会の形を定める法律は大多数の人々を基盤にするのが当然です。少数で、しかも一方的な意見を優先して家族のあり方を変える法改正は危険です。
新しい価値観を取り入れるのは大事ですが、それに振り回されるのは、自分自身がないからです。日本人の教育のあり方、日本人としての教養の欠如が一番の問題ではないでしょうか。

藤原 次に挙げたいのはいま櫻井さんがおっしゃった教育です。
例えば初等教育で国語を重視するというのがだんだんおろそかになってきています。私は30年前から「初等教育は一に国語、二に国語、三四がなくて五に算数、あとは十以下」と繰り返し述べてきました。もう国語が圧倒的に重要なんですね。私は数学者なので、算数とか数学が一番って言いたいけど(笑)、やっぱり国語にはまったかなわない。
その国語の中でも重要なのが読書です。読書は初等教育の絶対的中心なんですね。しかしこれも経済界からの強い希望で、英語だとかプログラミングだとかが必修になっている。例えば、英語は当初5、6年生を対象に始まって2020年に3、4年生に引き下げられています。それでも絶対にしゃべれるようになりませんので、5年後くらいには1、2年生からになるかもしれません。それでも絶対に喋れるようにならないんですね。そうすると週1~2時間では少ないとなって、週2~3時間にしようという話になりかねない。

櫻井 想像に難くないですね。

藤原 AIの仕事をしている息子が言うには、5年後くらいには実用可能な翻訳機がスマホに搭載されるそうですよ。いま喋っている日本語をAIが瞬時に英語や中国語に翻訳して読み上げてくれる。そうなれば英語力が必須という人は限られてくるでしょう。だからいかにとんちんかんな教育をしているかってことですね。
IT教育にしたって、小学生の時からパソコンやタブレットなんかとたわむれていたら、日本からパソコンをつくる人やソフトを書く人がいなくなってしまう。そういう仕事をするためには、まず国語を徹底的に勉強し、読書を好きになって、きちんとした論理的思考力を養わないといけません。

お茶の水女子大学名誉教授

藤原正彦

ふじわら・まさひこ

昭和18年旧満州新京生まれ。東京大学理学部数学科大学院修士課程修了。理学博士。コロラド大学助教授などを経て、お茶の水女子大学教授。現在は同大学名誉教授。53年に数学者の視点から眺めた清新な留学記『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。ユーモアと知性に根ざした独自の随筆スタイルを確立する。280万部の大ベストセラー『国家の品格』(新潮新書)をはじめ著書多数。最新刊に『日本人の真価』(文春新書)。

歴史や古典に学ぶことを蔑ろにしてはいけない

藤原 3つ目の問題は経済です。安倍(晋三)さんはアベノミクスという素晴らしい経済政策を実施しました。しかし結局は消費税を増税したことで成果がつぶれちゃっているんですよ。
消費税増税については、安倍政権で内閣官房参与を務めた経済学者の浜田(宏一)先生や本田(悦朗)先生らが反対し、安倍さん自身もやるべきではないことは分かっていました。ところが、財務省に完全に洗脳されている麻生(太郎)さんが強力に安倍内閣を支持していましたよね。その麻生さんの言うことを聞かないと政権がもたないというので、随分ねばって先延ばしにしましたけど、それでも抵抗できなくて、泣く泣く5から8、8から10に上げたわけです。
要するに、政治家は教育や経済に関して素人ですから、不勉強で無教養だと経済界や官僚の言うことをみにして影響を受けてしまうんですよね。だから、政治家がきちんと統計学や経済学を勉強し、振り回されないようにしないと経済も教育もよくならない。

櫻井 先ほど述べたように、私はかねてから一番の問題は教育だと思っています。例えば、日本で一番優れているといわれる東大が世界の中でどんどん順位を下げています。それに留まらず、日本人としての正しい教育ができていないところから、すべての問題が始まっていると思います。
いまウクライナで戦争が起きていますが、世論調査の結果を見ると、「国のために戦いますか」という問いに「はい」と答えた日本人は13%で世界最低です。しかも、ワースト2位のリトアニアですら33%です。情けないことに87%の人が「いいえ」「分からない」と回答している。

藤原 大抵の人が他人任せか逃避してしまうというわけですね。

櫻井 日本は古来、奇跡のような文化、価値観を育て上げた国であるにもかかわらず、戦後GHQに占領され、日本人としての背骨や根本を叩き潰す教育や考え方を享受して、70数年間過ごしてきました。
何が足りないか。先ほど藤原さんがおっしゃった通り、読書です。本を読む人が少なくなって、本屋さんが街から消えています。以前、藤原さんに「Amazonアマゾンで買わないように」と言われて、できる限り書店で本を買うようにしていますが、私の事務所近辺の街も有名な本屋さんが最近閉店してしまい、ニュースになりました。
本を読まない人たちが増える一方、Kindleキンドルで読めばいいって言う人がいます。でも電子媒体で読むのと紙で読むのとでは、記憶のされ方、吸収のされ方が何か違うような気がするんですよね。

藤原 実際、脳科学の専門家による研究で、記憶の定着力は活字本のほうがはるかに高いと証明されています。

2022年6月17日、27年間の営業に幕を閉じた文教堂赤坂店に掲示された張り紙

櫻井 やっぱり本というのはそれ自体が一つの宝物のような文化ですよね。あの本の何ページに何が書かれていたと、五感を通して自分の心の中に入っていく。
もう一つ、本を読むことの延長線上にあるのが日本の歴史を学ぶということです。それが軽んじられるようになりました。ここまで自分の民族の歴史をないがしろにする国は他にないのではないでしょうか。歴史を知らない民族は自分自身がないわけですから、新しく入ってくるものに流されてしまう。
日本人らしい価値観は、どこの国にも負けない、一人ひとりの人間を大事にする価値観です。7世紀初頭に聖徳太子がつくられた「十七条憲法」がそれをよく表現しています。「十七条憲法」の精神はいまの時代にも十分通用します。

藤原 全く同感です。

櫻井 他にも『万葉集』をはじめ日本には素晴らしい文化がある。にも拘らず、そうしたことへの理解がないために、アメリカのポップカルチャーなどを至上の文化と捉えて、そちらにばかりかれていく。ポップカルチャーもよいのですが、日本自身のよきものに目を向けることが大事です。
かつての日本人がどれほどすごかったか。いまのように英語教育なんか行われていない明治時代に、『武士道』『茶の本』などを英語で出版し、日本の素晴らしさを世界に向けて発信しているわけです。越後長岡藩の家老の家に生まれた杉本えつさんが著した『武士の娘』、これもまず英語で出版されて世界的なベストセラーになり、日本に逆輸入されたんですね。
昔の人のほうが英語を習わなくても非常に教養のある素晴らしい作品を英語で書いていた。その根底に日本語でつちかった素養、教養があったはずです。そして繰り返しになりますが、先人たちは歴史をよく学んでいたと思います。日本の歴史、古典によく通じていたことが、先人たちの教養の基礎だったはずです。それが戦後はおよそすべて置き去りにされています。

国家基本問題研究所理事長

櫻井よしこ

さくらい・よしこ

ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスターなどを経て、現在はフリージャーナリスト。平成19年に国家基本問題研究所を設立し、理事長に就任。23年第26回正論大賞受賞。24年インターネット配信の「言論テレビ」創設、若い世代への情報発信に取り組む。著書多数。最新刊に『わが国に迫る地政学的危機 憲法を今すぐ改正せよ』(ケント・ギルバート氏との共著/ビジネス社)。