2020年4月号
特集
命ある限り歩き続ける
インタビュー②
  • 榊原記念病院副院長高橋幸宏

小さな命を救い続けて

国内トップレベルの小児心臓外科医として知られる榊原記念病院副院長・高橋幸宏氏。約35年間に救った子供たちの命は7,000名。手術の成功率は98.7%に及ぶという。高橋氏はこれまでどのような思いで医療現場に立ち続けたのか。そして、これから何を目指すのか。

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なぜ手術の時間短縮にこだわるのか

——高橋先生は小児心臓外科医として約35年間に7,000名の子を救ってこられたと聞いています。

7,000という数字は確かに一つの区切りではあるのですが、だからどうこうという思いは僕にはまったくありません。というのも何も終わっていないし、やらなくてはいけないことがまだまだたくさんあるからです。どの業種もそうでしょうけれども、経験を重ねる度に課せられる仕事が難しくなりますよね。僕はいま64歳で、幸いなことに後輩も育ってきましたので、手術は年間100回程度に抑えながらも、当面は非常に困難で複雑な病変に向き合っていくことになると思います。
心臓手術が他の手術と大きく異なるのは、体外循環によって身体の炎症反応が増幅される点にあります。手術が原因で心臓以外の臓器に悪影響が及ぶことを手術侵襲しんしゅうと言いますが、これにより心臓以外の臓器不全で命を落とすこともあるのです。大人でもそうなのですから、特に赤ん坊の侵襲はより大きくなることがお分かりいただけるはずです。

——小児の手術はそれだけ難しく、危険が伴うものなのですね。

はい。小児心疾患しんしっかんは種類そのものに加えて、他の臓器の合併疾患も多いです。それぞれの疾患に合わせた多くの手術の種類があり、また、同じ疾患であっても症状の発現時期によって別の手術が求められたりと、難易度は個々の子によって随分と異なります。

——高橋先生はそういう中で98.7%という高い成功率を誇っていらっしゃいます。

小児心疾患の手術は、例えば心臓の穴を閉じる、狭くなったところを広げる、血管をつなげるという一つひとつの手技の組み合わせです。複雑になればなるほど、その組み合わせをいかに完璧にやれるかがまず求められます。手技しゅぎを磨くことに対して後輩をかなり厳しく指導していますが、同時に大切なのはやはり時間なんですね。
心臓手術は心臓を止めて行います。ここには心筋保護液という薬液を用います。大体20分間隔で液を入れながら手術をするのですが、注入している間は執刀医の手が止まることになります。したがって、20分間にどこまで手技を進めるか、そして再度心筋保護液を注入して次の手技に移るか、そのような感覚が外科医には必要です。ボクサーの3分間の時間感覚と同じなんです。
これを僕は「」と呼んでいますが、「間」を最大限生かし、20分間ごとに停滞しない手技の流れをつくることが侵襲を抑えることになるわけです。

——時間とのせめぎ合いですね。

最も原始的なようですが、特に小児心臓外科医は時間短縮に徹底してこだわらなくてはいけません。当院では他のご施設と比較しても半分から3分の1の時間で手術を行いますが、それは何よりも患者さんのためなんです。
しかし、どんなに努力しても2、3時間心臓を止めて行う複雑な手術手技は存在します。当然、小児の生死に関わる可能性は高くなるわけですから、時間短縮に最大の力を注ぎます。でも、あまりに一つの戦略ばかりにこだわっていると、望まない問題が発生した場合、対応できなくなる。大事なのはポリシーにこだわるのではなく柔軟に、ある意味いい加減にこれらの矛盾に向き合い、要領よく流れをつくっていくことなんです。外科医がいい加減な人種と言われる所以ゆえんでもあります。

榊原記念病院副院長

高橋幸宏

たかはし・ゆきひろ

昭和31年宮崎県生まれ。熊本大学医学部卒業。58年榊原記念病院に勤務。平成15年心臓血管外科主任部長、18年副院長に就任。2019年、キャリアを纏めた『榊原記念病院 低侵襲手術書』を同病院から出版。