2025年11月号
特集
名を成すは毎に窮苦の日にあり
一人称
  • 評論家中川昌彦

『三国志』に学ぶ
人間学

約2,000年前、中国で覇を争った魏、蜀、呉の三国と、それを率いたリーダーたちの盛衰を描いた『三国志』。その波瀾万丈の物語は、大激動期にある現代に通じるものがあると評論家の中川昌彦氏は語る。窮苦の中から逞しく立ち上がった英雄たちの姿を通して見えてくるリーダーのあり方。

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    様々な変化を生む「三」の力学

    現代社会は内外共にまさに激動の様相を呈しています。アメリカや中国などの大国が弱肉強食の熾烈しれつ覇権はけん争いを繰り広げ、一方で伝統的価値が崩れかけて人々は方向性を見失い、世の中は一層混沌こんとんとしてきました。

    その状況は、しょくの三国がを競い合う中で社会体制が大きく変化し、その波に人々がほんろうされ続けた『三国志』の時代ととてもよく似ています。

    私は約2,000年前の『三国志』のリーダーたちが繰り広げる様々な人生ドラマに触れる度に、そこに現代社会を生き抜く上でのヒントを見る思いがします。具体的には変革期を乗り越える知恵や人間関係の急所、交渉力のあり方などが『三国志』を紐解ひもとくことで分かってくるのです。『三国志』はいわば人間学の宝庫であり、本欄では、そのいくつかを紹介したいと思います。

    私が最初に『三国志』に触れたのは大学時代でした。うか喰われるかの熾烈な展開に息を呑みながら読み進めたものですが、ふと考えを巡らせたのが「三」という数字の持つ力学でした。一対一で勝負をする場合、勝つか負けるかしかありません。上下関係がはっきりしている組織では、上が勝つと決まっています。ところが、三の力学では3対0、2対1、1対2というような様々な関係が生まれ、弱者が2人結託して強力な1人を負かすこともあり得るのです。幾何学的に見ても三角形は立体の基本であり、立体化、複雑化の原点。三の力学から様々な変化が生まれます。

    この三すくみにはもう一つ、見逃せない効果があります。三すくみでまれている間に全体のレベルが高まるのです。私がそれを感じたのは子供の頃から大好きだった都市対抗野球でした。神奈川県に三強と呼ばれるチームがあり、毎年どもえすさまじい争いを繰り広げ、手に汗を握る観戦をしたものです。3チームがお互いを意識することで大きなパワーを生み出していることが伝わってきました。

    そして、これらはまさに『三国志』にも言えることです。魏、蜀、呉の三国がお互いを牽制けんせい、対立し、図らずも切磋琢磨せっさたくましながら国力やリーダー力をつけていったのは実に興味深いことだと思います。

    評論家

    中川昌彦

    なかがわ・あきひこ

    昭和18年東京都生まれ。41年東京大学法学部卒業、トヨタ自動車入社。52年同社を退職し独立。エディターシップ取締役、テレマーケティング協会理事などを歴任。著書に『自分の意見がはっきり言える本』『バランス感覚で人間関係はうまくいく』(共に実務教育出版)『だから「三国志」は面白い!』(KKベストセラーズ)など多数。