2020年6月号
特集
鞠躬尽力
  • 曹洞宗国際センター前所長藤田一照
米国で「二人の鈴木」と仰がれた

鈴木俊隆老師の歩いた道

アメリカにおいて鈴木大拙博士と並んで「2人の鈴木」と仰がれた仏教者がいる。禅僧・鈴木俊隆老師。2人に面識はないものの、共にアメリカ人に大きな薫陶を与えた。鈴木老師が渡米したのは昭和34年、55歳の時。大拙博士の渡米から62年後のことである。以来、12年にわたって老師が蒔き続けた禅の種は全米各地で芽を出し、禅の生き方、考え方はアメリカに大きなうねりをもたらした。鈴木老師の人生や志について、同じくアメリカで禅の指導に当たった経験を持つ藤田一照氏にお話いただいた(写真:タサハラの禅堂で講義をする鈴木老師(c)サンフランシスコ禅センター)。

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アメリカに禅を広めた「小さな鈴木」

鈴木俊隆しゅんりゅう。仏教や禅に興味のある方でも、その名をご存じの方はそれほど多くないのではないでしょうか。いまから約60年前、55歳でアメリカに渡り、ヒッピーなどのいわゆるカウンターカルチャーの若者を中心に広く影響を与えた禅僧で、アメリカの禅を語る上では欠くべからざる人物です。

アメリカ人に禅文化を知らしめた人物と言えば、鈴木大拙だいせつ博士(1870~1966)をまず思い浮かべる方も多いと思います。アメリカ人は鈴木大拙、鈴木俊隆の二人を称してよく「二人の鈴木」という言い方をしていますが、鈴木俊隆老師は大拙博士を「大きな鈴木」、自身を「小さな鈴木」と呼んで謙遜けんそんしていました。

アメリカ人が大拙博士と並ぶほど尊敬する鈴木老師も、なぜか日本ではあまりその存在を知られていません。私自身もかつてはその一人でした。

私は現在、曹洞宗そうとうしゅう僧侶として神奈川県葉山町を拠点に禅の指導や翻訳、執筆活動を続けています。鈴木老師の名前を初めて知ったのは大学院で教育心理学を専攻していた26歳の頃に読んだアメリカの思想家ラム・ダスの『覚醒かくせいへの旅』(翻訳版)を通してでした。

ちょうど坐禅に強い興味を持ち始めた頃で、仏陀ぶっだ老子ろうしといった人たちの言葉を引用しながら精神世界への目覚めを説くその本を読み進める中で、「鈴木俊隆」という耳慣れない名前が度々出てくるのです。引用された言葉はとても味わい深く、「この人は一体誰なのだろう」と思いながらも、インターネットなどなかった40年前は調べることができず、そのままになっていました。

その時はまさか自分が大学院を中途退学して出家し、後にアメリカに渡って足掛け18年もの間、禅の指導に当たるようになるなど考えてもいませんでした。

私は兵庫県にある曹洞宗安泰寺あんたいじの渡部耕法師に就いて出家しました。そして、6年後の1987年、師匠から「アメリカのマサチューセッツ州におまえの先輩たちと現地の修行者たちが共同でつくったバレー禅堂がある。そこに行って修行を続けないか」と声を掛けてもらい渡米しました。

バレー禅堂の本棚には、鈴木老師の『禅マインド ビギナーズ・マインド』の原著があり、「ああ、あのラム・ダスの本に出ていた鈴木俊隆の言葉はここから引用したものだったのか」とようやく長い間の疑問が解けたのです。

不思議な縁は他にもありました。バレー禅堂は鈴木老師の在家の弟子であったアメリカ人女性を中心とする禅のグループと安泰寺とのご縁によって誕生したものでした。ドロシー・シャーク女史は地質学者であるご主人が京都大学に客員教授として赴任した折、共に来日し当時はまだ京都にあった安泰寺で1年間、禅の修行をしました。当時の安泰寺の住職だった内山興正こうしょう老師は彼女の求めに応じて、その後4人の弟子をアメリカに派遣しました。私は通算5人目に当たります。

つまり、鈴木老師がいた仏法の種が一人のアメリカ人女性の心の中で開花し、それが結果的に私が出家した安泰寺とのご縁に結びついていたのです。ドロシー女史のご主人が勤めていたのはスミス・カレッジという有名な女子大学で、私も縁あって在米中、毎週一回の坐禅会をキャンパス内の教会の一室で開いたり、ゲストスピーカーとして仏教の講義をしたりする機会にも恵まれました。

曹洞宗国際センター前所長

藤田一照

ふじた・いっしょう

昭和29年愛媛県生まれ。東京大学教育学部を経て同大学院で発達心理学を専攻。博士課程を中退し得度。33歳で渡米し17年間アメリカで禅の普及に努める。平成17年に帰国し、現在神奈川県葉山町を拠点に禅の指導、講演、執筆活動に当たる。22年から29年まで、サンフランシスコにある曹洞宗国際センター所長。著書に『現代坐禅講義』(角川ソフィア文庫)『禅僧が教える考えすぎない生き方』(大和書房)『「禅トレ」で生きるのがラクになる』(世界文化社)など、共著に『感じて、ゆるす仏教』(KADOKAWA)など、訳書に『禅マインド ビギナーズ・マインド2』(サンガ)などがある。