日用心法とは、日常生活を送る上でどういう心の工夫、生活習慣に心がけているか、ということである。
その在りようが人生の質・充実度を決める要になるという意味で、どういう日用心法を持つかは大事なことである。よき人生を生きた人はよき日用心法を実践した人だ、ともいえる。
その意味で、忘れられない2人の方の話がある。
1人は一代で阪急グループを創り上げた小林一三氏にまつわる話である。
氏が地方の温泉に行った時、偶然、古い友人に会った。その友人は事業で成功して、巨万の富を作った人だった。久しぶりだからまた後で話そうと、その友人の泊まっている旅館を訪ねて驚いた。
通された部屋がみすぼらしい一間で、そこに奥さんと2人で座っている。小林氏が「あなたのような金持ちがどうしてこんな部屋に泊まっているのか」と訊ねた。友人は言った。
「自分たちは無我夢中で働いているうちに運勢に恵まれて何一つ不自由のない身分になったが、考えてみると、あまりにも恵まれすぎて、何だか恐ろしいみたいで、何か厄払いをしなければと思い、毎年ここに来て、1か月、この部屋に泊まって厄を払っているのだ」
その部屋は夫婦がまだ成功する前に何度か泊まったことのある部屋だったという。小林氏はこの話に深く感動した。成功しても驕らず、自分の原点を内省する。この人はこの人なりの日用心法の実践者であったといえる。