2016年7月号
特集
腹中書あり
対談
  • AOKIホールディングス会長青木擴憲
  • イメージプラン社長田口佳史

ビジネスマンよ、
腹中に書を持て

古典に学ぶ人間学

背広の行商からスタートし、紳士服専門店を一代で東証一部上場企業に育て上げたAOKIホールディングス会長の青木擴憲氏。経営危機と隣り合わせの中で常に心の支えとしてきたのが『孟子』などの中国古典だった。青木氏が古典の師と仰ぐ東洋思想研究者でイメージプラン社長の田口佳史氏もまた、若い頃、生死を彷徨う大怪我を負い、『老子』によって救われた体験を持つ。2人が会して語り合う古典からの学び、ビジネスマンが古典を学ぶ意味。

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2時間半、箸をつけずに古典の話に聴き入った

田口 早いもので、青木会長と最初にお会いしてから20年近い年月が経ちましたね。

青木 そうですね。お会いしたのは私が還暦を迎えた年でしたから18年前です。田口先生をいたく尊敬されている当時帝人にいらっしゃった阪中勝行さんから「中国古典の研究者に田口佳史さんという人がいる。あなたはこの人と絶対付き合うべきだ。あなたの未来はこの人によって決まる」と言われたんです。阪中さんとは仕事の取り引きもあってとても親しくしていたのですが、そこまで強く言われたのは初めてでした。
私に足りない部分を、きっとよくご存じだったのでしょうね。その欠点を直すには、田口先生のような方に学ばなくてはいけないという親心で、そうアドバイスしてくださったのだと思います。私も53歳の時に会社を東証一部に上場させ、さぁこれから新しい業態に進出しよう、そのためにはもっと人間を磨かなくてはいけないと考えていた矢先でしたから、二つ返事でご紹介いただいたんです。

田口 そういうことを言ってくださる方がいらっしゃるのは、ありがたいことですね。

青木 そこで、そんな偉い先生とお会いするのに普通の食事というわけにはいかないでしょう。それで世界一の日本料理店である築地の吉兆東京本店にご招待しました。実際、お聞きしていたとおりの立派な先生で、私はそれまでずっと疑問に思っていたことを矢継ぎ早に質問させていただきました。
「人間の基本とは何ですか」「生きる覚悟とはどういうことですか」など15くらい質問を準備していて、立て続けにお聞きしたのですが、気がついたらあっという間に2時間半が過ぎて、目の前に並べられたフルコースの料理を少しだけ食べて帰りました。2時間半全く箸をつけなかったのは、吉兆の歴史でも新記録らしいですよ(笑)。

田口 青木会長はあの時、ものすごく悩んでいらっしゃった。人生や仕事の本質を突いた鋭い質問を次々に投げかけられるのですが、何しろメモの量が半端ではない。この世の価値観を追い求めるよりも、とにかく道を求めたいという気迫がびんびん伝わってきましてね。私にしてみたらまさに巌流島の決闘で、料理を口にしている余裕もありませんでした(笑)。

青木 私も、こんな経験は生まれて初めてでしたよ。話を聞けば聞くほど、一つひとつが身に沁みていくんです。先生のお話は夢中で手帳にメモして、それでもすぐに忘れてしまうタイプですから、それを家に帰ってもう一度読み返しました。人間の生き方というのか、私の考え方の根本が大きく変わったのは、先生との出会いがあったからだと思います。

田口 そう感じられたのは、やはり青木会長が真剣に道を求めていらっしゃったからです。60歳を過ぎ、しかも一代で名をなした方が、そこまで謙虚に古典を学ばれるケースは極めて稀だと思いますね。それだけ会長の心が柔らかい証拠でもあるんです。

AOKIホールディングス会長

青木擴憲

あおき・ひろのり

昭和13年長野県生まれ。高校卒業後、行商を始める。33年個人商店「洋服の青木」を創業。51年現・AOKIホールディングス設立。54年全国チェーン展開をスタート。平成3年東証一部上場を果たす。18年AOKIホールディングスに社名を変更。22年会長に就任。著書に『何があっても、だから良かった』(PHP研究所)。

シンプルイズベスト

青木 田口先生の教えの素晴らしいところは、立派な生き方はどういうものなのか、といった話の答えをひと言で端的に示してくださることです。
例えば、事業をやっていく上では思うように利益が出ない時もあれば、能率が上がらない時もあります。しかし、どういう時でも自分に与えられた条件の中で仕事をコツコツとやり続けることが一番立派な人物なんだ、成功する上での早道なんだといった話をしてくださる。
だいたい事業も人生も上手くいかない時のほうがずっと多いわけです。上手くいく時なんてほんの一瞬で、それでも私が落ち込んだりせずに、コツコツと前を向いて歩き続けることができたのは、田口先生のおかげだと思っています。

田口 そうですか。ありがとうございます。

青木 私どもの経営理念は「社会性の追求」「公益性の追求」「公共性の追求」、別の言い方をすれば「顧客満足×営業利益×社会貢献」なのですが、仮に顧客満足、営業利益、社会貢献のどれかがゼロだと、掛け算の計算式の答えはゼロになってしまいます。反対にプラスの相乗効果は大きな成長をもたらしてくれます。
だから、あれこれ難しいことを言うよりも、経営理念という一つの的に向かってコツコツ努力を続ける仕事こそが尊いし、それさえできれば十分なんだという確信が私にはあるんですね。グループでは現在、紳士服を中心としたファッションの他に結婚式場、カラオケ、複合カフェなどを多角的に経営していますが、物差しはすべてそこです。シンプルイズベストです。

田口 そう。物事の原理はすべて極めてシンプルです。

青木 いまは何でもスマホで買える時代でしょ? そういう変化の中で私どものファッション部門は昨年(2015年)度減益に陥りました。しかし、全国の店舗を一軒一軒見て歩いて、業績が悪い原因を調べるわけにはいきません。
しかし、私たちには田口先生のコツコツという教えが入っていますから、一つの店舗を対象に、本当にお客様にご満足いただくにはどうしたらよいかを、お客様の立場に立って徹底してシミュレーションする。一歩一歩、コツコツと一つの店舗を磨き上げることによって、全体に繋がっていく確信が持てるんですね。ですから私たちには焦りというものがありません。
実際、そのように行ったところ、短期間のうちに50店舗くらいに変化が見られました。この努力でおそらく今後はV字回復に持っていけるでしょう。

田口 ぜひ、そうしていただきたいものですね。私の何気ない言葉をグッと深く心に刻んで実践されているところは、やはり青木会長の真摯さの表れだと思います。
先ほど青木会長は私の話がシンプルだと言ってくださいましたが、会長から求められる答えのレベルはとても高い。「どう生きるのが正しいのか」「そのために何をすべきなのか」を3箇条、7箇条というふうにまとめてほしいと要求される。しかも、3箇条と言われているのに2箇条しか出さなかったら納得してもらえない。鍛えられているのは、むしろ私のほうなんです(笑)。
でも、そのおかげで私は質問に強くなりましたね。いま慶應丸の内シティキャンパスで8年連続講義を続けているのですが、問答講義という独自のスタイルを取っています。予め受講生に質問を準備してもらって問答しながら講義を進めるわけですが、これは実にいいですね。それができるのも青木会長から長年鍛えていただいたからだと思っています。

青木 それだけ先生の話に魅力と説得力があるんですよ。それを私だけが聞いているのではもったいないし、先生の話が広まれば日本ももっといい国になるのではないかと思って、平成20年、創業50周年の時、先生に監修をお願いして『親子で学ぶ人間の基本』というDVDを発行しました。
きょう私がお話ししたい内容は、すべてこの中で田口先生がお話しくださっています。だからこれは私にとって「腹中のDVD」なんです(笑)。

イメージプラン社長

田口佳史

たぐち・よしふみ

昭和17年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、日本映画社入社。47年イメージプランを創業。著書に『貞観政要講義』(光文社)『超訳孫子の兵法』(三笠書房)『リーダーに大切な「自分の軸」をつくる』(かんき出版)『清く美しい流れ』(PHP研究所)など多数。