2019年9月号
特集
読書尚友
対談
  • (左)「母と子の美しい言葉の教育」推進協会会長土屋秀宇
  • (右)東北大学加齢医学研究所所長川島隆太

読書習慣が学力を決める

かねて指摘されてきた若者の読書離れに、便利な情報機器の普及なども相俟って一層拍車が掛かっている。しかし近年、脳科学の目覚ましい発達により読書の重要性が改めて注目を集め始めているという。長年にわたり独自の国語教育を実践してきた土屋秀宇氏と、読書が脳に与える驚くべき効果を実証してきた川島隆太氏に、各々の体験を交え、子供の読書習慣を育むことの重要性を語り合っていただいた。

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読書をする子は楽々と平均点を超える

土屋 川島君の発表された音読脳が、たくさんの新聞に取り上げられて話題になったのは、確か平成12、13年頃でしたよね。僕はそれを読んで、「中学校で教えていたあの川島君か?」と思って、すぐに卒業者名簿を引っ張り出して連絡を取ってみたんです。
君が卒業して20何年も会っていなかったのに、電話にお出になったお母様が僕のことをちゃんと覚えていてくださって感激しました。おかげさまで、またこうして交流を図れるようになりましたからありがたい限りです。

川島 土屋先生は、その頃には既に国語教育に熱心に取り組んでいらっしゃいましたね。僕が習っていた頃は英語の先生でしたから、びっくりしました(笑)。

土屋 僕は中学生の頃から、恩師の影響で国語に対する愛をずっとはぐくんでいたんです。あいにく教職に就いた頃は国語の教員が余っていたので、不足していた英語の教員になったんですが、自分の担任する学級では朝の会や帰りの会で音読や素読を通じた独自の国語教育をずっと実践していました。安岡正篤まさひろ先生の言葉に従って、ひたすら陰徳いんとくを積み、一隅いちぐうを照らしてきたつもりなんです。
川島君の学級担任ではなくて、3年間英語の授業を担当しただけなので、恩師なんて言われると恐縮してしまうけれども、それでもかつて僕が教えていた生徒の研究によって、自分が続けてきたことに科学的な裏付けを得られたわけですから、これは何より嬉しいことでした。

川島 脳っていうのは、新しいことをしたり、難しいことをしたりするとよく働くというのがこれまでの通念でした。ところが実験を通じて、脳は文章を読む時に見たこともないくらい活発に働いていることが分かったんです。そこで認知症の高齢者の方に文章を読んでいただく実験をしてみたら、薬を飲んでもよくならなかった方がよくなるという、奇跡のようなことが起こったんです。
土屋先生からご連絡をいただいて、国語教育に打ち込んでいらっしゃることを知ったのはちょうどそんな時期だったものですから、とても感激しました。こういう出会いもあるんだなと。

土屋 僕はそれまで読書の大切さを確信してはいましたけど、残念ながら科学的な根拠はありませんでした。ひたすら実践を続けていく中で、子供たちの表情が明るくなったり、喜びが現れることを唯一の手がかりにやってきましたから、川島君に脳科学の観点から音読の効用を明らかにしていただいて100万の味方を得た思いでした。

川島 いまは仙台市の教育委員会と学術協定を結んでいて、市内の公立小中学校に通う7万人強の子供たちの学力データを10年近くにわたって追跡調査していましてね。そこからも読書習慣を持っている子の学力が明らかに高いというデータを得ているんです。
脳の測定をさせてもらうと、読書習慣を持っている子は脳の発達がとてもいい。大脳の言語半球の神経線維しんけいせんいという電線の連絡する部分、ここの発達がすごくよくなっていることが分かりました。

平成29年度に4万人の子供たちを対象に行った読書時間と成績の関係。読書時間が長いほど成績が高くなっている。※読書のために勉強や睡眠の時間を削ることは成績低下に繋がる可能性もある

土屋 読書の効果が脳にもはっきりと現れているわけですね。

川島 そうなんです。実際にどれだけ学力に差があるかと言いますと、読書をまったくしない子が平均点を超えるには、家で毎日2時間勉強して、かつ睡眠を6時間から8時間キチッととらなければなりません。ところが読書を毎日する子たちは、家での勉強時間が1時間もあれば十分で、あとはちゃんと睡眠さえとっていれば平均点を軽く超えるんです。さらに、毎日1時間以上読書する子たちは、宿題さえちゃんとしていれば、あとは適切な睡眠時間が確保されると楽々平均点を超える。それくらい、激烈な学力の差が生まれることが分かったんです。

東北大学加齢医学研究所所長

川島隆太

かわしま・りゅうた

昭和34年千葉県生まれ。東北大学医学部卒業。同大学院医学系研究科修了(医学博士)。同大学加齢医学研究所所長。専門は脳機能イメージング学。著書に『読書がたくましい脳をつくる』(くもん出版)『やってはいけない脳の習慣』(青春新書)『スマホが学力を破壊する』(集英社)など多数。共著に『素読のすすめ』(致知出版社)などがある。

内なる言葉を蓄える

土屋 そういえば、中学時代の川島君はとても大らかな雰囲気を持っていましたね。あの学校には東大や医学部を目指してガツガツ勉強している子が多かったけれども、川島君は全くそういう匂いを感じさせなかった。
後に奥さんとの共著で君の生い立ちを知って、僕の子供の頃に似ていると思いましたよ。僕は田舎育ちで、親から勉強のことは一切言われなくて、学校から帰るとかばんを放り投げて遊びに行っていました。川島君もそれに似たようなところがあったでしょう。

川島 おっしゃる通りです(笑)。僕は本当に勉強が嫌いだったので、宿題は学校で済ませていました。部活が始まる前に終わらせておきたくて、授業が終わった後に何人かの仲間と教室に残って必死で机に向かっていましたね(笑)。
ですから家に帰ると時間を持て余してしまうんですよ。そういう時に恐らくうちの両親の陰謀なんでしょうけど(笑)、2人が大学時代に読んだ本が全部僕の部屋の本棚にありましてね。仕方なくそれらに手を伸ばすようになったのが、読書を始めた最初のきっかけでした。

土屋 ご両親は、きっと我が子に読んでほしいと願っておられたんでしょうね。

川島 直接読めと言われたことは一切ありませんでしたけれどもね。ただ、記憶にはないんですが小さい頃に随分読み聞かせをしてくれていたようです。それがいまも家に残っている小学館の『少年少女世界童話全集』でした。少し大きくなってからは僕がそれを6つ下の妹に読み聞かせ、結婚してからは妻が息子に読み聞かせ、いまは3人の孫に読み聞かせようかと言っているんです。

土屋 あぁ、同じ本を代々。それは素敵ですねぇ。

川島 僕自身が本格的に読書に取り組むようになったのは中学時代でした。当時は深夜ラジオが盛んで、番組に投稿するのが流行はやっていましてね。そこで読んでもらえるような文章を書くために乱読していたんです(笑)。いい文章を書くには、本をたくさん読まなければならないという直感のようなものがあったんですよ。

土屋 どんな本を読んでいたのですか。

川島 学校で推奨されていた井上やすしのような作家から始まって、柴田錬三郎も芥川龍之介も全部読みました。ジャンルはバラバラですけど、気に入った作家の作品を全部読むのが僕の読み方なんです。とにかく勉強しないで本ばっかり読んでいましたね。
ですから、先ほどご紹介した実験で読書と学力の関係が分かった時に、そうかと思ったんですよ。勉強嫌いだった僕でも人生が何とかなったのは、本をたくさん読んでいたからだと(笑)。

土屋 図らずも理想的な少年時代を過ごしていたわけですね(笑)。
そういう豊富な読書体験を通じて、内なる力としての言葉、内言語ないげんごたくわえておくことはとても大事なことだと思います。よい出力をするには、その前に十分な入力が必要なのですが、いまの日本の学校教育はそこが圧倒的に足らない。そういう危機感があって、僕は独自の国語教育をずっとやってきたわけです。

「母と子の美しい言葉の教育」推進協会会長

土屋秀宇

つちや・ひでお

昭和17年千葉県生まれ。千葉大学教育学部卒業後、県内で中学校英語教師を務める。13年間にわたり小中学校の校長を歴任し、平成15年定年退職。その後、日本漢字教育振興協會理事長、漢字文化振興協会理事、國語問題協議會評議員などを務める。30年一般社団法人「母と子の美しい言葉の教育」推進協会設立。著書に『日本語「ぢ」と「じ」の謎』(光文社)など。