2019年9月号
特集
読書尚友
対談
  • (左)東洋思想研究家、イメージプラン社長田口佳史
  • (右)人間環境大学特任教授、皇學館大学教職アドバイザー川口雅昭
2人の尚友に学んだもの

日本の進むべき道は
道義国家にあり

西洋列強が迫りくる幕末の激動の時代に、「読書尚友」の実践によって自らを練り上げ、日本の進むべき道を示し続けた英傑がいた。横井小楠と吉田松陰である。そして現代にも読書を通じてその2人の先達を尚友とし、半世紀近く学び続けている人がいる。田口佳史、川口雅昭の両氏である。その2人がここに会して語る「読書尚友」の神髄と、尚友に学んだもの――。

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読書を通じて絶えず自らを省みる

川口 初めてお目に掛かります。本日はよろしくお願いします。

田口 こちらこそ、よろしくお願いします。吉田松陰といえば、もう川口先生ということで……。

川口 いやいや、まだまだ分からないことばっかりでして。きょうは、田口先生にいろいろ教えていただければと思っております。
今回のテーマである「読書尚友しょうゆう」は、松陰先生が従弟の玉木彦介の元服祝いに贈った、さむらいとしての心構えを説いた「士規七則しきしちそく」の中にある言葉ですね。「士規七則」第5則に「人古今ひとここんに通ぜず、聖賢を師とせずんば、すなわ鄙夫ひふのみ。読書尚友は君子くんしの事なり」と、「読書尚友」の言葉が出てきます。
ただ、「士規七則」を学生時代に読んだ時、実はびっくりしましてね。「読書尚友は君子の事なり」もそうですが、第6則で「徳を成しさいを達するには、師恩友益多きにり。ゆえに君子は交游こうゆうつつしむ」と言いながら、実際の松陰先生は「交游を慎む」どころか、いろんな人たちと簡単に友達になってしまうところがあります(笑)。それはどういうことなのだろう、どっちが本心なのだろうと40年間悩んでいます。

田口 ああ、そうですか。

吉田松陰

よしだ・しょういん

文政13(1830)年~安政6(1859)年。幕末の思想家、教育者。長州藩士。山鹿流兵学師範の叔父・吉田大助の仮養子となり、兵学と経学を学ぶ。9歳から藩校明倫館で山鹿流兵学を教授。嘉永3年から諸国を遊学。7年下田沖のアメリカペリー艦隊へ漕ぎ寄せ、「下田事件」を起こしたが失敗して入獄。出獄後、萩の松下村塾を継ぎ、高杉晋作・伊藤博文らの多くの人材を育成。「安政の大獄」で刑死。

川口 でも松陰先生は、読書の大切さについては明確に語っておられまして、例えば、こういう話をしていらっしゃいます。
道武帝どうぶていが李先に「天下で何が一番尊いか」と聞いたら、「書籍にくはなし」と答えたという。また、唐の仇士良きゅうしりょうという宦官かんがんが、「天子に書物を読ませるな。天子が読書して、前代の興亡を知り、いまの状況を憂い、恐れれば、俺は疎斥そせきされる」と仲間に教えたと。「これより、読書の益をしるべき」であると。

田口 書物を読むことが、まともな人間になるためにどれだけ大事かを教えてくれる逸話ですね。

川口 慶應義塾大学名誉教授の中村勝範先生も、歴史書や歴史上の人物の伝記を読み、その真似をすることが、人としてまともな生き方をする上で一番重要なんだと、教えてくださいました。松陰先生も、「れ常に史を読み古人の行事をて、志を励ますことを好む」とおっしゃっています。ですから、「読書尚友」といっても、何も小難しい知識を学ぶということではなく、読書によって優れた人物の具体的な事例を知ることの大切さを言っているのだと思うんです。

田口 おっしゃる通りですね。

川口 それから、松陰先生は「心と体、人間の主人はどちらか」ということを言われ、「心は主公にして耳目口鼻四体は夫々それぞれの下役人なり」と断じておられます。ところが、ほとんどの人間が目に見える世界、手で触る世界、体・欲望の世界に引っ張られてしまう。それをまともな生き方をした人間に触れ、心の世界にひっぱり返すのが学問であり、読書だと松陰先生は説かれているんです。読書をすることで常にまともな人間を見て、絶えず自分のいまの心のチェックが大切なんだと。

人間環境大学特任教授、皇學館大学教職アドバイザー

川口雅昭

かわぐち・まさあき

昭和28年山口県生まれ。53年広島大学大学院教育学研究科博士課程前期修了。山口県立高校教諭。山口県史編さん室専門研究員などを経て、平成10年岡崎学園国際短期大学教授、12年より人間環境大学教授。吉田松陰研究は18歳の頃より携わる。令和元年より現職。編著に『吉田松陰一日一言』『「孟子」一日一言』。著書に『吉田松陰』『吉田松陰に学ぶ男の磨き方』『活学新書 吉田松陰修養訓』(いずれも致知出版社)などがある。