2020年11月号
特集
根を養う
  • 愛知専門尼僧堂堂頭青山俊董

ところすなわ道場どうじょう

いただいた、たった一度の人生を何に懸けるのか——。若き日の青山俊董老師が選んだ人生の結論は、尼僧として仏法に生涯を捧げることだった。愛知専門尼僧堂での日々の厳しい修行を通して自らを掘り下げながら、多くの雲水の指導、執筆、講演など仏法の伝道に努め、2020年米寿を迎えた青山老師に、その求道の歩みと人間が根を深めるための要訣を伺った。

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自分の一生がすべて修行

——愛知専門尼僧堂にそうどうは名古屋の中心地にほど近い場所にありますが、この一帯はとても落ち着いた雰囲気ですね。

ええ。近くには日本で唯一、お釈迦しゃか様のご真骨しんこつを納める日泰寺にったいじ奉安塔ほうあんとうがございますし、緑豊かな割に静かなところですから、修行道場としてはとてもいい場所だと思います。

——ご老師はこの道場で長年、雲水うんすいさん(出家した禅の修行者)たちと共に修行を続けられているのですね。

この尼僧堂にお世話になってから、もうかれこれ50年以上になりますかな。ここでは朝4時から坐禅をしてその後に、本堂でのお勤めがございます。昼間は私も雲水たちもいろいろな配役がありますから、それぞれの配役に従って働き、夜は7時から8時、9時まで坐禅、というのが毎日の生活ですね。
その中で月初めの3日ないし5日間は摂心せっしんと呼ばれる修行を行っております。摂心といいますと何か特別の修行期間と思いがちで、「未明の2時、3時から起きてすわった」とか「何時間しか寝なかった」ということを禅の修行者はよく言うわけですけれども、大事なのは一生、一世ですから、自分の一生が常に修行という姿勢で無理のない生き方をしなくてはなりません。それで私共の摂心では朝4時から夜の9時まで通して坐り、午前と午後の1時間半ずつ私の提唱(講義)を入れることにしているのです。

——雲水さんはいまどのくらいいらっしゃるのですか。

多い時には100人以上おりましたが、いまは20人ほどです。日本には昔は4か所の尼僧堂がありました。実際にいま動いているのはここだけということもありまして、世界各地から尼僧たちが集まってきて、皆が大部屋生活をしております。
私は2020年の初めまで、全国各地での講演や坐禅の指導など1年間、ほぼ空きがないくらいスケジュールがいっぱいでした。ところが、幸か不幸か新型コロナウイルスのおかげで予定していた行事が次々と取りやめになり、いまは毎日こうして雲水と共に生活しています。
堂頭どうちょうというのは本当は24時間、雲水と共にいなきゃなりませんから、日本中飛び回っていたのでは落第なわけですけれども、ようやく堂頭らしく皆と坐っておられるようになった。本来の堂頭の役割を果たせることに喜びを感じているところです。
実は2019年、心筋梗塞しんきんこうそくと脳梗塞を立て続けに発症いたしましてね。私が飛んで歩くことをご存じの病院の先生からは「自粛生活は青山先生の体のためにはむしろよかったですね」と言われているわけですが(笑)。

愛知専門尼僧堂堂頭

青山俊董

あおやま・しゅんどう

昭和8年愛知県生まれ。5歳の時、長野県の曹洞宗無量寺に入門。駒澤大学仏教学部卒業、同大学院修了。51年より愛知専門尼僧堂堂頭。参禅指導、講演、執筆のほか、茶道、華道の教授としても禅の普及に努めている。平成16年女性では2人目の仏教伝道功労賞を受賞。21年曹洞宗の僧階「大教師」に尼僧として初めて就任。著書に『道はるかなりとも』(佼成出版社)『一度きりの人生だから』(海竜社)『泥があるから、花は咲く』(幻冬舎)『あなたに贈る人生の道しるべ』(春秋社)など多数。