2025年6月号
特集
読書立国
私の読書立国論①
  • 麗澤大学前学長中山 理

良書で
日本人としての
知性、感性を磨く

麗澤大学前学長の中山 理氏は、読書を通して日本人としての感性を磨き、自国への誇りを持つことの重要性を強調する。自身の知的座標軸となったモラロジーの教え、渡部昇一先生の薫陶を交えながら、読書への熱い思いを語っていただいた。

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経を以て経を説く

きょうもって経を説く」(以経説経)──聖人や賢者の教えを学ぶには、注釈書や解説書だけに頼らず、直接に原典に当たることが大切であるというこの箴言しんげんに触れたのは、麗澤れいたく大学在学中のことでした。

麗澤大学の創設者・廣池千九郎ひろいけちくろう先生は、100年ほど前、モラロジー(道徳科学)という新しい学問を提唱されました。現代社会の最大の問題の一つは、精神文明と科学文明との深刻な乖離かいりにあると見抜いた廣池先生は、世界の諸聖人の精神的価値を科学的に考察するという試みに挑戦。社会学、哲学、心理学、人類学など膨大な書物を渉猟しょうりょうし、1928年、総合人間学の集大成とも言うべき『道徳科学の論文』を著されるのです。

「以経説経」は廣池先生の道徳科学を確立する上での態度であり、先生のこの言葉は私自身の学問的姿勢にもなりました。学生時代、『道徳科学の論文』を読んで、そこに引用された五大聖人などの教えに強くかれた私は、儒学や仏典などの原典と共に数多くの科学的言説に触れるようになり、上智大学大学院に進んでピーター・ミルワード先生の下で英文学を学ぶようになってからも、『聖書』、ギリシア・ローマ神話、シェイクスピアなど英文学の底流を流れる思想の原典を求めて学びました。

以来、今日まで原典に軸足を置いた読書は私の学者人生で欠くことのできない知的座標軸となっています。

いま思うと、私が10代でモラル・サイエンスに関心を抱いた背景には、神仏を大切にする家庭環境の影響が大きかったのかもしれません。たとえば祖母が唱える回向文えこうもんに興味を抱いた私は、その経典の意味を調べるうちに法然ほうねん親鸞しんらんの教えに関心を抱き、さらに範囲を広げて『論語』『孟子』『ソクラテスの弁明』など東西の名著も読むようになりました。

麗澤大学前学長

中山 理

なかやま・おさむ

昭和27年三重県生まれ。麗澤大学外国語学部卒業。上智大学大学院文学研究科英米文学専攻博士後期課程修了。上智大学にて博士(文学)学位取得。麗澤大学外国語学部教授、学部長、学長などを歴任。現在特別教授。著書に『日本人の博愛精神』(祥伝社)『イギリス庭園の文化史』(大修館書店)など多数。渡部昇一氏との共著に『読書こそが人生をひらく』(モラロジー研究所)などがある。