2026年3月号
特集
是の処即ち
是れ道場
トップインタビュー
  • 刀匠河内國平

人間ではなく
仕事を前に出せ

鎌倉・室町時代以来、約500年間技法が途絶えていた「乱れ映り」を現代に再現し、刀剣界最高峰の賞である「正宗賞」を受賞した刀匠・河内國平氏、84歳 。刀鍛冶の道一筋60年の歩みと実践は、まさに「是の処即ち是れ道場」そのものである。氏が体験から掴んだ言葉の数々に、一道を極めていく心構え、何歳になっても成長・深化し続ける要諦を学ぶ。

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    刀匠

    河内國平

    かわち・くにひら

    昭和16年大阪府生まれ。関西大学在学中から、考古学者の末永雅雄氏に師事。卒業後、刀匠・人間国宝の宮入昭平(のち行平)氏に入門し、相州伝を習う。47年に独立、奈良県東吉野村に鍛錬場を設立。59年刀匠・人間国宝の隅谷正峯氏に入門、備前伝を習う。61年日本美術刀剣保存協会会長賞、62年文化庁長官賞など受賞多数。62年無鑑査認定。平成22年卓越技能者表彰(現代の名工)。技法の途絶えていた「乱れ映り」を再現したことなどが評価され、26年刀剣界最高峰の「正宗賞」受賞、同年黄綬褒章受章。令和元年旭日双光章叙勲。

    取材は2025年12月11日(木)、山深い奈良県吉野の地にある河内國平刀匠の鍛錬場「無玄関」にて行われた。

    「仕事が好き」より「仕事場が好き」

    ──河内さんはかたなの道一筋60年、84歳のいまも日々情熱を燃やして仕事に打ち込んでいるそうですね。84歳とは思えないはつらつとしたお姿に驚きます。

    昨日も、人間は死に際に何を考えるかという内容のテレビ番組をやっていましたが、この頃はそういうテーマに関心があってよく見るんです。というのは、80歳になってから、びっくりするくらい友達が亡くなっていくんですよ。もう親友が3人とも亡くなってしまい、気軽に電話をかけるところもなくなってきました。
    そうすると、やっぱり「自分も明日死ぬかもしれない」と思わんでもない。幸いまだ元気に仕事ができているから、そこまで深刻に考えていません。
    しかし、しんどくなった時、行き詰まった時、僕はいつも「アホになれ」と思うんです。
    とにかく僕のような職人は、あれこれ考えるより、体を動かして仕事をすることが一番大事、人間より作品、仕事が前に出ないといけないわけです。だから、しんどい時はアホになってぼけーっとする、そして仕事に没頭すれば、また元の自分に戻っているんです。

    ──いまはどのようなサイクルで仕事をなさっているのですか。

    朝は6時前に起きて、6時半に朝食、12時に昼食、18時に夕食、これは大体決まっていますね。暴飲暴食はしませんし、お酒はまったく飲みません。これも健康にいいんじゃないでしょうか。
    あとは、ここでずっと仕事。自分にはこの刀以外にやることはないわけや。最近ふと思いついたのですが、「仕事が好き」とは誰でも言うでしょう? でも、仕事が好きなんて当たり前で、「仕事場が好き」と言えば、自分の気持ちにピタッと合うてるなと。仕事場にあるもののほとんどは、皆僕がつくったものなんです。そんな仕事場が好き、この年齢になってもそう言えることは、本当に幸せなことですし、有り難いことですね。

    ──「仕事場が好き」。河内さんの実感のこもったお話です。日本刀は年間どれくらいのペースでつくっているのでしょうか。

    最近は年20振りくらいつくっていますが、世に出すのは4~5振りくらい。ゼロの時もあります。よくできたものだけ世に出しているから、「かん」(展覧会などに審査・鑑査なしで出品できる)となっているだけで(笑)、失敗したもののほうがはるかに多い。僕よりもうまい人は何人でも居るし、僕は下手くそですよ。

    ──自分が本当に納得できた作品だけしか世の中に出さないと。

    僕の競争相手は鎌倉時代の名工・まさむねであり、一文字いちもんじや。やろうと思えば、もっとたくさんの刀をつくれるし、世に出すこともできます。ただ、正宗や一文字に負けないものをつくろうと思えば、どうしても4、5振りになってしまう。だからこそ、この道に終わり、完成はないんです。
    まあ、僕は運動神経もない、数字にも弱い、お酒は飲めない、音楽は分からん。サラリーマンになっていたら、きっと出世しなかったでしょうね。年を重ねて、つくづく刀鍛冶になってよかったなぁという思いを深くしています。