2021年9月号
特集
言葉は力
対談
  • (左)相田みつを美術館館長相田一人
  • (右)坂村真民記念館館長補佐[学芸員]西澤真美子

坂村真民と
相田みつをの言葉力

人生を真剣に生きる人の言葉には力がある——。詩人・坂村真民と書家・相田みつをはまさにその典型だろう。それぞれ2021年で没後15年、30年を迎えるが、お二人の作品はなぜいまも多くの人の心を捉えて離さないのか。なぜお二人の言葉には心を鼓舞する力があるのか。異才の人を父親に持つ西澤真美子さんと相田一人さんに、その言葉の魅力を、背景にあるものも含めて語り合っていただいた。

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石に刻む言葉と唇に刻む言葉

相田 先週から佐賀県立美術館で「没後30年 相田みつを全貌 ぜんぼう展」が始まりまして、昨日までちょうど一週間佐賀に行っておりました。あれは確か老舗 しにせの薬屋さんでしょうか、前を通った時にふと見たら坂村真民 しんみん先生の「念ずれば花ひらく」の石碑があったんです。

西澤 ああ、きっとタカトリ薬局さんですね。

相田 数日後にこういう対談の場を与えられていたものですから、真民先生のことをいろいろ考えながら歩いていたら、まさに足下に現れまして(笑)。あっこれもご縁だなと思いました。

西澤 きっと相田館長の〝念〟が引き寄せたのでしょうね(笑)。

相田 いま「念ずれば花ひらく」の石碑は全国でどれくらいの数になっていますか?

西澤 800を超えています。父は石に合わせて自ら念を入れて書いたものを「真言碑 しんごんひ」と言っているんですね。それは737か所にあって、父の死後は文字を複製する形で増えています。だから、父が じかに念を込めたものとそうでないものという意味で、ちょっと違ってきている。でも増えていることはありがたいなと思います。

相田 「念ずれば花ひらく」は短いひと言ですけど、一度聞くと必ず残る言葉ですね。真民先生の言葉はまさに〝石に刻む〟のが相応 ふさわしい言葉じゃないかなという気がします。私の父・相田みつをの石碑はほとんどなくて、石に刻むより〝唇に刻む〟というか、口に出して味わう。そういう違いがあるのかなと思っています。

坂村真民記念館館長補佐[学芸員]

西澤真美子

にしざわ・まみこ

昭和24年愛媛県生まれ。詩人・坂村真民氏の末娘。大学入学と同時に親元を離れたが、「念ずれば花ひらく」詩碑建立や国内外の旅行などを真民氏と共にする。母親の病気を機に愛媛県砥部町に戻り、その後、病床の母を見守った。平成24年の坂村真民記念館設立にも尽力。

デジタル時代にこそアナログの書の魅力を

西澤 佐賀の展覧会はいかがでしたか?

相田 ちょうど九州全域が すさまじい豪雨に見舞われて、これではお客様が来られないかなと心配していたのですが、幸いたくさんの方にお越しいただきました。ギャラリートークを毎日させてもらい、100名以上の方に「父に代わり」とサインをいたしました。お客様がいることは嬉しかったですね。
実は相田みつを美術館が入っている東京国際フォーラムが、東京オリンピック・パラリンピックの重量挙げの会場に使用されるため、厳重警戒態勢ということで3か月間、完全閉鎖されています。ですから、いま日本で相田みつをの作品を見られるのは佐賀県立美術館だけなんですね。代表作から初公開作品まで130点を展示していまして、8月22日(日)までの開催となっています。

西澤 3か月間も休館を余儀なくされては大変ですね。

相田 はい、そうなんです。特に2021年は緊急事態宣言下で開館できる日が少なかった上に、オリンピックの影響で完全閉鎖ですから、実質的には半年以上も休館になっています。だから、私は「日本で一番オリンピックを心配している館長」と自称しています(笑)。
そういう大変な状況ではあるのですが、コロナになって顕著なのは若い方の来館が増えていることです。若い方が興味を持ってくださっているというのはとてもありがたいなと思います。

西澤 それは素晴らしいですね。

相田 2021年は相田みつを没後30年ですが、一世代30年といわれるように、30年経つと世の中はガラッと変わりますね。いまは生前の相田みつをのことを知らない人が増えてきて、残された作品を通して相田みつをに触れている。
スマホやSNSが当たり前の時代に生まれ育った若い世代の人たちに、どうやって父の本質を伝えられるか。これは考えざるを得ない課題です。確かにSNSの力は あなどりがたいものがあるのですが、えて当館ではそれほど力を入れていません。父の作品はアナログですから、アナログの作品をデジタルの世界に載せることで、若干の変質が起こるのではないかと危惧 きぐしているからです。
先ほど西澤さんが「念が入っていない」とおっしゃっていたように、デジタル上にあるものは念が入っていないというか、表徴 ひょうちょうみたいなものですね。重さがないので空中に浮いたまま、時間が経つと雲散霧消 うんさんむしょうしてしまうと思います。
父の作品は書ですから、そこには肉体があるわけです。真民先生の詩もやっぱり実物を拝見すると強烈な印象があります。それが心にストンと落ちて、人生を支える言葉になる。
だからといって、SNSを まったくやらないわけにもいきません。美術館の独特な空間や照明の中で見ていただかないと作品の本質は分からない、ということをSNSでアピールしたいと考えています。

相田みつを美術館館長

相田一人

あいだ・かずひと

昭和30年栃木県生まれ。書家・詩人 相田みつを氏の長男。出版社勤務を経て、平成8年東京に相田みつを美術館を設立、館長に就任。相田みつを氏の作品集の編集、普及に携わる。著書に『相田みつを 肩書きのない人生』(文化出版局)などがある。