2019年8月号
特集
後世に伝えたいこと
インタビュー③
  • 医師石木幹人

フランクルの『夜と霧』に
力を得て

岩手県陸前高田市の医師・石木幹人氏は現在、仲間たちとともにV・E・フランクルの『夜と霧』の読書会を続けている。アウシュビッツでの苛酷な収容所生活を描いたこの本を読み続けるのは、東日本大震災の被災者や、その一人でもある石木氏自身を励まし、心を癒すためでもあるという。読書会に注ぐ氏の思いとは。

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『夜と霧』と被災体験

——石木さんは、岩手県陸前高田市で医師として活動する傍ら、ビクトール・フランクル博士の『夜と霧』の読書会を続けられていると聞きました。

いまの読書会をスタートしたのは2014年の春ですから、今年で6年目です。30代から80代までの幅広い世代から約10人が月に1回、地元の公共施設に集まって、『夜と霧』を少しずつ輪読しながら、それに対する感想を皆で思い思いに語り合っているんです。現在3回目の通読をしているところですが、これとは別にフランクル博士関連の本を読むこともありますね。
『夜と霧』に描かれているのは、アウシュビッツのユダヤ人強制収容所で地獄のような生活を生き抜いた精神科医であり心理学者でもあるフランクル博士の生々しい体験ですが、読書会では博士の思想や考え方を掘り深めるというよりも、むしろそこに書かれた内容と自身の人生を照らし合わせながら、感じたことを素直に分かち合うことに主眼を置いています。

というのも、参加者のほとんどは東日本大震災の被災者で、私のように家族を津波で失った人もいれば、家を流された人もいます。自分たちよりももっと苛酷な環境を生きながらも人間らしい精神を崩すことのなかったフランクル博士や収容所の人たちの体験を読みながら、時に共感し、時に励まされる中で、ある種の癒やしを感じていくんですね。

——似たような苦しみを経られたからこそ、分かる世界があるのでしょうね。

先日読んだところには、強制収容所の養蚕ようさんベッドにぎゅうぎゅうに押し込められ、上を向いて寝ることすらままならないような状態でも、睡眠が苦痛を取り去ってくれた、という場面がありました。
「ああ、あの時も同じだったね」と、震災後の避難所生活と重ね合わせながら感想を述べる人が何人もいました。プライバシーが何もない中でも孤独にひたれるわずかな時間に皆安らぎを感じていたんです。『夜と霧』の一文に出合うことがなかったら、そういう体験を思い出すことも、思いを分かち合うこともなかったでしょう。

医師

石木幹人

いしき・みきひと

昭和22年青森県生まれ。46年早稲田大学理工学部卒業。54年東北大学医学部卒業。岩手県立中央病院呼吸器外科長兼臨床研修科長を経て、平成16年県立高田病院院長。26年3月に岩手県医療局を退職後もなお陸前高田市で地域医療の復興に携わる。