2024年2月号
特集
立志立国
対談
  • 国家基本問題研究所理事長櫻井よしこ
  • 京都大学名誉教授中西輝政

日本の底力を
発揮する時が来た

日本が抱える内憂外患は深刻さを増す一方で、混迷窮まれりの感は否めない。そのような時代を生きる私たちにとって大切なことは何か。保守論壇の重鎮である櫻井よしこ氏と中西輝政氏が口を揃えるのは、世界最古を誇る我が国の歴史を学び、志を立て、未来への希望を抱いて前進することだという。国民一人ひとりの立志なくして立国はなし。いまこそ日本人の覚醒、精神の甦りが問われている。

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イスラエルとパレスチナ 争いの本質

櫻井 今回の特集「立志立国」を考える上で、まずは日本の現状と課題を見ていく必要があります。私は日本人の現状理解が極めて不足していると思っているんです。ジャーナリズムの世界にいる私にとって、一番憂慮すべきだと感じるのは報道のでたらめさ加減。

中西 そうそう。

櫻井 きちんとした報道がほとんど為されていない。例えば、10月7日に始まったパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスによるイスラエルへの攻撃。3,000人の兵士を送り込み、人質まで取って、無差別殺人をしました。明らかな国際法違反です。これにイスラエルが反撃してやはりたくさんのパレスチナ人が殺された。
ところが、パレスチナの女性や子供、難民の方々が傷ついたり、家を追われたりする姿ばかりが報道されると、当然人間の情として「パレスチナ人が可哀想かわいそう……」と心が傾くのです。

中西 イスラエルは情報戦で負けていますね。

櫻井 ハマスの情報戦はものすごく巧妙です。また、ハマスはイスラエルの反撃に備えて、自国の病院や学校といった人が集まる施設の地下にトンネルをつくっているといいますね。

中西 総延長500キロにも及ぶそうです。

櫻井 先の大戦で栗林忠道中将率いる日本軍が硫黄島いおうとうに築いた地下壕は約20キロだといわれます。その25倍です。しかもハマスがつくった地下トンネルはコンクリートで固められ、武器や食料、水、電気まで通っている。だから、イスラエルはものすごく難しい戦闘を余儀なくされているわけです。そういう正確な情報が伝わっていれば、イスラエルが強くてけしからん、パレスチナ人が可哀想という意見には収斂しゅう れんしていかないと思います。
中東問題はあまりにも複雑で、イスラエルという国家誕生の経緯から含めて、双方に120%の言い分があるわけですね。だから、長い歴史を辿たどってもどっちが善い悪いということは到底言えない。
けれども、国際社会の一員として双方が努力し、一時期、中東はある種の緊張緩和の機運が高まっていましたね。2020年8月にアブラハム合意が結ばれ、イスラエルとUAE(アラブ首長国連邦)の国交正常化が実現し、バーレーンやスーダン、モロッコもそれに続きました。そして、直近では何とイスラエルとサウジアラビアが国交正常化の直前まで進展していたんです。
それが実現すれば、過去の相克をある程度乗り越えて、中東にかつてない安定した関係性が打ち立てられるんじゃないかと西側諸国は期待していました。その期待を壊すのが、今回ハマスが攻撃を仕掛けた大目的です。

中西 おっしゃる通りです。

櫻井 ハマスの背後には明らかにイランがいる。で、イランの背後には明らかに中国とロシアがいる。つまり今回の戦争は、ハマス・イラン・中国・ロシアと、アメリカ・ヨーロッパ諸国・日本、この二つの陣営の戦いなんですね。
こういう構造をきちんと伝えるのがメディアの役割ですが、我が国はそこが機能していない。正しい情報を国民に与えることなしには、国民が正しい判断をすることは不可能なんです。そういう意味で、我が国の一番の問題はメディアではないでしょうか。

国家基本問題研究所理事長

櫻井よしこ

さくらい・よしこ

ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスターなどを経て、現在はフリージャーナリスト。平成19年に国家基本問題研究所を設立し、理事長に就任。23年第26回正論大賞受賞。24年インターネット配信の「言論テレビ」創設、若い世代への情報発信に取り組む。著書多数。近刊に『異形の敵 中国』(新潮社)『安倍晋三が生きた日本史』(産経新聞出版)。

日本のメディアを覆う対米ルサンチマン

中西 いま櫻井先生がご指摘になったことは、この国にとって第一級の重要問題の一つだと思います。私も若い頃から海外へ行って帰ってくるたびに日本のメディア事情には愕然がくぜんとしていました。いつか気がついてくれるだろう、いつか変わってくれるだろうと信じて、言論活動や学生教育に携わってきたつもりです。
少しはましになりましたが、でも大半は変わっていない。結局、この日本のメディアの風潮を覆っているのは、ルサンチマン(怨恨えんこん嫉妬しっと・劣等感)ですよね。

櫻井 ええ。

中西 その中には経済格差とか権力欲とかいろいろあるでしょうが、一つ大きいのはアメリカに対するルサンチマンです。アメリカあるいはアメリカに連なるものには、まず批判的に見る。そしてそうすること自体が即正義だと思い込んでいる。いまのイスラエルとパレスチナの問題にしても、単なる判官ほうがん贔屓びいきではなく、もっとドロドロとした古い左派的な反米の情念が底にあるような気がします。
それともう一つ、「政府の政策はここはまずいけど、こうしたらよくなるんじゃないか」とか「外国はこんなことを言っているけど、日本の言い分としてここはきちんと言うべきだ」とか、建設的に物事をとらえる大人のマスコミの姿勢がいつまで経っても見えない。
一方で、情報の受け手である国民も観察眼を磨いていかなければなりません。メディアを採点すると言いますか、それはおかしいよということをSNSなどで発信し、白黒をつけて多くの人に伝える。その場合、しっかりしたファクトチェックが大切ですが、そのフィードバックをメディアに伝えていくことも大切です。
日本が現在直面する問題として他に挙げるとすれば、少子化の問題もありますし、地方の活力衰退、外交安全保障。この3つは日本の根幹に関わる問題で、危機的な状況が切迫しています。

櫻井 少子化問題に関して、岸田さんは2023年の年頭会見で「異次元の少子化対策」というのを打ち出しました。ただ、内容を見ると「子育て支援」に留まっていて、それ自体は親世代にとってはありがたいでしょうし、実際に出生率を伸ばしている地方自治体もありますが、少子化対策に全然なっていないんです。
子供が生まれたら支援金を出すとかそういう物質的な政策よりも、根本はやっぱり日本国に対する信頼とか希望を親世代にどう持ってもらうか、ですよね。

中西 まったく同感です。

櫻井 親世代がもし「こんなつまらない国」と思えば、子供を産むことに迷いが生じるのは当然だろうと思います。戦後、日本がどういう国であるかという理解を欠き、力強く前向きに生きていこうとするエネルギーをがれていることが何よりの問題なんですね。
地方自治体の問題についても、自分たちがどういう役割を果たしていくかという積極的な考え方が各地方自治体に生まれていない。文句を言いながらも、中央政府に半ば従う形で、指示通りに動いている。そういう受け身の姿勢が目立つように感じます。
要するに、日本全体が戦後のアメリカ依存という大きな枠組みからいまだに抜け出すことができていないように思えてなりません。

中西 我われは民主主義の社会に生きていて、どんな人も同じ尊い存在ですから、上意下達で「ハイハイ」と聞いて収まるというのではなく、時にはいろいろな意見を戦わせる。その上で決まったことに対しては「こうやっていこう」と一つに団結することが大事ですよね。これができていない。
このような前向きな姿勢、よりよいものをつくり出そうとするチームスピリット、人々の一体感、そういうものが欠けていて、自己保身が先に立ってくるから、自分だけの世界に逃げ込もうとする。だから忖度そんたくや無責任に流れ、受け身で、問題を指摘されても聞き流してしまう。そこのところがいまの日本が抱えている根本の問題じゃないでしょうか。

京都大学名誉教授

中西輝政

なかにし・てるまさ

昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『国民の覚悟』『賢国への道』(共に致知出版社)『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)『アメリカ外交の魂』(文藝春秋)『帝国としての中国』(東洋経済新報社)など多数。近刊に『偽りの夜明けを超えて』(PHP研究所)。