2025年3月号
特集
功の成るは成るの日に
成るに非ず
対談
  • 富山大学附属病院 膵臓・胆道センター センター長藤井 努
  • 富山大学附属病院 膵臓・胆道センター 副センター長安田一朗

かくしてがん治療の
常識に挑んできた

見つかった時は既に手遅れ……。その診断の難しさと進行の速さで、大勢の命を奪ってきた膵臓がん。この疾病に極限まで抗う医師たちが北陸にいる。富山大学附属病院で国内初となる膵臓・胆道の専門チームを牽引する外科医の藤井 努氏と内科医の安田一朗氏だ。通常10%に満たない5年生存率、その常識を覆す医療の現場と、両氏の根本にある矜持に迫る。

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膵臓がん患者の〝最後の砦〟

安田 藤井先生、きょうはよろしくお願いします。これまで、二人そろって取材を受けることは何度かありましたけど、対談という形はなかったですよね?

藤井 ええ。居酒屋で話し込むことはよくありますけど(笑)。

安田 確かに、そういうのはちょくちょくですね(笑)。
私たちが勤務する富山大学附属病院に、すいぞうがん治療を主に行う「膵臓・たんどうセンター」を立ち上げてもう7年になりますか。少し前まで、膵臓がんなんてあまり認知されていませんでしたよね。最近ようやく、マスコミで注目され始めましたけれども。

藤井 ええ。ご存じない方のために説明しますと、膵臓がんはがんの中で最も予後の悪い、つまり病院で見つかる頃にはもう手遅れで、手術で治る見込みもないと診断されることが多いがんです。
数あるがんのうち、膵臓がんで亡くなる人の数は、2023年の統計で男性は4位、女性は3位。多くの方がステージⅣで発見され、この場合の5年生存率は男女共に1.8%(2020年)と、他のがんに比べていちじるしく低いです。

安田 胃がんや大腸がん、肝臓がんあたりは、よく話題に上りますし、早期発見できれば治る病気になってきました。
しかし膵臓がんは早期発見がとても難しい。膵臓は胃の裏側にあるので、CTやMRIの検査ではなかなか見つかりません。しかも進行が速いときています。

藤井 膵臓は非常に特殊な臓器ですからね。周りに重要な血管や神経がたくさん集まっていて、がんがそこにしんじゅんしているケースが大半です。他の臓器のように患部を切り取っておしまい、とはいかない。手術をしても高い確率で転移や再発、合併症が起きます。
それでも、安田先生に内科の責任者として富山に来ていただいてから、変化が出てきました。膵臓がんの検査に見える方の数は目に見えて増えていますね。

安田 私が富山大学に移った2018年、膵臓・胆道の内視鏡検査は年間で約200件でした。それが年々増えて、現在約1,500件です。

藤井 7倍以上ですね。
外科は、ここに来た2017年は年間20件くらいでした(笑)。いま膵切除だけで年間100~120、他にバイパス手術などを含めると200件以上はやっています。
様々な改善を重ねて、私たち膵臓・胆道センターでは切除可能な膵臓がん患者さんの5年生存率を約40%に引き上げることができました。また、他院で切除不能と診断されたがんについては、約30%を抗がん剤や放射線で小さく切除可能な状態にし、2022年に5年生存率が58・6%に達したことを論文で報告しました。

安田 こうした数字は北陸甲信越地域に限らず、全国トップなんじゃないでしょうか。いまはありがたいことに、北海道から沖縄まで、紹介状をたずさえた患者さんがわざわざお越しくださいます。

藤井 今回、編集部さんから事前にいただいた質問に「膵臓がん生存率の壁にどう挑んできたか」とありました。正直に言うと、そんな大層な名分があったわけではありません。この不便な病院にわざわざ来てくださった患者さんを何とかして差し上げたい、その一心でやってきただけなんです。

富山大学附属病院 膵臓・胆道センター センター長

藤井 努

ふじい・つとむ

昭和43年愛知県生まれ。平成5年名古屋大学医学部卒業、小牧市民病院研修医。18年名古屋大学大学院修了、医学博士。米国マサチューセッツ総合病院(ハーバード大学)に留学後、21年名古屋大学第二外科(消化器外科学)助教。同講師、准教授を経て、29年より富山大学消化器・腫瘍・総合外科(第二外科)教授。30年9月より富山大学附属病院膵臓・胆道センター長。

僻地で日本初の専門科をつくる

安田 ともすると、大学病院だから初めから設備や人材が揃っていたんだろうと思われそうですが、決してそうではなかったです。
1979年設立の当院は、大学病院では新設の部類です。県庁所在地の富山市には中心部に富山赤十字病院や県立中央病院といった老舗の病院がたくさんあって、皆さん大抵そちらに行かれます。対して当院は富山駅からバスで30分かかる、市の隅っこにあります。いわばへきですよ。

藤井 北陸で歴史の長い大学病院と言えば金沢大学附属病院があります。比べて当院は県内の方にもあまり頼られていませんでした。

安田 私は藤井先生のお声がけで富山へ来たわけですけど、今回はせっかくですから、そういう状況でどうして膵臓がん治療に力を入れようと思われたのか、改めてお聞かせいただけますか。

藤井 それはとても単純です。私はもともと、名古屋大学で膵臓・胆道の手術を専門にしていました。ここの消化器外科の教授になったのは2017年の4月です。
着任して、がくぜんとしました。後で詳しく述べますが、その頃は本来内科で完結すべき処置、例えばがんによるおうだん(白目が黄色がかってしまう不調の症状)が解消できないまま患者さんが回ってくるとか、問題が山積みでした。
やるからには、自分の専門分野を伸ばしたいと思うじゃないですか。けれども、外科だけでそれはできない。なぜかというと、仮に「膵臓に影がある」と診断された患者さんが来た時、それが膵臓がんなのか別の病気なのか、診断は難しい。手術がすぐに必要なのか否かも、腕のある内科の先生でないと判断・指示できません。ことに膵臓がんでは、内科と外科がみ合っていないといけないんです。

安田 そこが肝ですね。

藤井 ですから、何とか信頼できるパートナーに来てもらいたい。考えて思い至ったのが「膵臓・胆道センター」の立ち上げでした。消化器といえば肝・胆・膵とまとめられがちですけど、私たちは膵臓と胆道のプロフェッショナルだと宣言したかったんですよ。

安田 膵臓と胆道というのは、位置が近ければ検査法や手術法も近しい器官で、肝臓とはまったく別物ですよ。それを明確に打ち出した医療機関は日本初でしたね。

富山大学附属病院 膵臓・胆道センター 副センター長

安田一朗

やすだ・いちろう

昭和41年愛知県生まれ。平成2年岐阜大学医学部卒業。岐阜市民病院を経て、10年岐阜大学病院。14年医学博士、ドイツハンブルク大学エッペンドルフ病院内視鏡部留学。岐阜大学第一内科講師、同准教授を経て26年帝京大学消化器内科学教授。30年6月より富山大学消化器内科(第三内科)教授。同年9月より富山大学附属病院膵臓・胆道センター副センター長。