2016年8月号
特集
思いを伝承する
インタビュー
  • 東京農工大学特別栄誉教授遠藤 章

かくて
「奇跡の薬」は
生まれた

研究一筋に生きてきた我が思い

世界100か国以上、約4000万人もの人々が毎日服用している「スタチン」。世界二大死因の虚血性心疾患と脳卒中の元凶となる血中コレステロール値を低下させるのみならず、アルツハイマー病やがんなどにも有効と示唆され、「奇跡の薬」と呼ばれている。その創薬の種となったコレステロール合成阻害物質を6,000株もの菌類を調べた末に発見し、商業化の土台を築き上げたのが、東京農工大学特別栄誉教授・遠藤 章氏、82歳だ。幾度も失敗や試練を乗り越え、誰も成し得なかった金字塔を打ち立てたのである。その成功の軌跡に迫った。

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日本人初の快挙全米発明家殿堂入り

──遠藤先生は、奇跡の薬といわれる「スタチン」を世界で初めて発見されたそうですね。

スタチンは高脂血症治療薬、簡単に言えばコレステロール低下剤のことをいいます。人間の体にとってコレステロールは必要不可欠な物質ですが、一方では動脈硬化の危険因子にもなるんですね。動脈硬化が心臓で起きると心筋梗塞になり、これを含む虚血性心疾患は全世界で一番死亡者が多い。脳の場合だと脳卒中、これも死亡者数は世界第2位です。
ですから、コレステロールを減らせば動脈硬化が抑えられ、心筋梗塞や脳卒中に罹るリスクが下がるわけです。僕はいまから43年前、6,000株の菌類を調べた末にその目的に適った物質を発見し、創薬の土台をつくった。
実際、約9万人の患者さんを対象にした14の大規模臨床試験を実施した結果、コレステロール値を25~35%下げて、心筋梗塞や脳卒中の発症率を25~30%下げることが示されました。
そのため、スタチンは「第二のペニシリン」「奇跡の薬」の異名を取り、最近ではアルツハイマー病や一部のがん、骨粗鬆症、多発性硬化症、免疫系疾患などに効果があることも示唆されているため、「万能薬」と呼ばれているんです。

──現在、どれくらいの人たちが服用されているのですか。

世界100か国以上で約4,000万人の患者さんが毎日飲んでいます。僕自身お金にあまり興味はありませんが、7種類あるスタチン製剤の年間総売上高は約4兆円(2007年)にも及び、中でもアトルバスタチンは世界初の年商100億ドル医薬品にして、世界一の売り上げを記録しています。それだけ多くの人の命を救っているわけですね。

──人類に多大な貢献をもたらされていると。

そのことが評価され、数々の賞も受賞させていただきました。例えば、2006年には日本版のノーベル賞といわれる「日本国際賞」、2008年にはアメリカで最も権威のある医学賞「ラスカー賞」の臨床医学研究部門の受賞者に、日本人として初めて選ばれました。
それと「全米発明家殿堂」、これはエジソンやライト兄弟、フォードといった錚々たる発明家が入っているのですが、2012年にこちらも日本人として初めて殿堂入りを果たしました。その時、僕と一緒に選出されたのがアップル社を創業したスティーブ・ジョブズさんらでした。

──何とも華々しい功績です。

だけど、研究を始めた当初はここまで大きな結果を生むとは夢にも思わなかった。もう僕の想像を遙かに超えています(笑)。

東京農工大学特別栄誉教授

遠藤 章

えんどう・あきら

昭和8年秋田県生まれ。32年東北大学農学部卒業後、三共(現・第一三共)入社。41年アルバート・アインシュタイン医科大学留学。帰国後、三共発酵研究所主任研究員、同研究室長、東京農工大学農学部助教授、同教授などを経て、平成9年同大学名誉教授、㈱バイオファーム研究所代表取締役所長。20年より現職。日本国際賞、マスリー賞、ラスカー賞などを受賞。24年日本人として初めて全米発明家殿堂入りを果たす。著書に『新薬スタチンの発見』(岩波書店)など。