2018年9月号
特集
内発力
対談
  • 認定NPO法人テラ・ルネッサンス創設者(左)鬼丸昌也
  • 一般社団法人日本ミャンマー未来会議代表(右)井本勝幸

まず覚悟ありき

やむにやまれぬ思いからすべてが始まる

政府と少数民族による武装勢力との間で実に70年にも及ぶ紛争状態にあったミャンマーに単身乗り込み、和平実現への道筋をつけ、現在は日本ミャンマー未来会議代表を務める井本勝幸氏。片や国内で積極的な講演活動を展開し、紛争地域の現状を伝え続けることで、地雷除去支援や元子ども兵の自立支援などにあたる「テラ・ルネッサンス」創設者の鬼丸昌也氏。フィールドは違えども、互いに深い覚悟を持って自らの活動に臨むお二人に、それぞれの歩みとともに国際支援に対する一方ならぬ思いを語っていただいた。

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全土停戦後のミャンマー

鬼丸 井本さんとお会いするのは今回初めてですが、共通の知人からお名前はよく伺っておりましたので、きょうこうしてお目にかかれてとても光栄です。

井本 いえいえ、光栄だなんて。

鬼丸 僕は国外においてはアジア2か国、アフリカ3か国で主に地雷除去支援や元子ども兵の社会復帰支援などに取り組んできましたが、井本さんの活動はこうした支援活動とはまったく違いますよね。
なんせ70年近く続いてきたミャンマー国内の内戦を停戦に導くために、少数民族による武装勢力側に立ってミャンマー政府との和平交渉に直接関与され、しかも和平実現への道筋をつけられたわけですから、とにかく「すごい」としか言いようがありません。

井本 確かに2015年3月の時点で、武装勢力からなる統一民族連邦評議会(UNFC)とミャンマー政府との間で、全土停戦の合意にけることはできました。しかし、合意文書に署名した武装勢力は主要グループ8つで、残りの10ある武装勢力とはまだその時点で交渉中だったんです。
翌年にはアウン・サン・スー・チーによる民主政権が誕生したものの交渉は一向に進みませんでしたが、民主化の恩恵にあずかるべきだという我われの説得がようやく奏功して、今年2月に入って新たに2つの武装勢力が署名に応じました。

鬼丸 では、署名に応じていない武装勢力はあと8つになったと。

井本 ええ。ただ、そのうち7グループは中国との国境付近にあって、最近、北部同盟という新たな同盟を結びました。率直に言いますと、北部同盟は中国の影響下にあることから、政治的な距離が非常に遠く、交渉も難航しています。ミャンマー国軍との内戦がいまも唯一続いているのは、そのエリアだけなんですよ。

鬼丸 足踏み状態が続いている。

井本 これにはミャンマーの国内情勢の影響もあって、スー・チー政権の誕生によって野党に落ちてしまった軍事政権が内部で足を引っ張っているところもあるんです。
まぁこうしたことはどの国にもあるんでしょうけど、産みの苦しみだと私は思っています。やはり軍事独裁政権よりも、国際社会としては民主的な国家を望むわけですから、今後この国はどうあるべきなのかという方向を打ち出して、皆がそれに向かって努力していく必要があると思いますね。
ちなみに、国の方向性に関して私が一貫して取り組んできたのが、農業支援プロジェクトです。

鬼丸 ミャンマーの今後も見据えて動いてこられたわけですね。

井本 武装勢力のリーダーたちは軍事や政治に対して非常に熱心でも、彼らの支配下にある地域住民に対しては関心が非常に低く、何もなされていないのに等しい状況でした。しかもインフラがほとんどない地域でできることは限られているため、農業支援という手段を選ぶことにしたんです。
あくまで最初は個人でやっていたのですが、ミャンマー政府から「敵地(武装勢力地域)でありながらも、君がやっている農業支援に関しては、ミャンマー政府は特別にこれを許可する」というお墨つきを得たので、それ以降は日本政府にも働きかけて支援の輪を広げていきました。
途中、活動がストップさせられることもありましたけど、現在はステップアップして、新たに設立した農業学校を通じて教育を施すとともに、マーケットに直結する地元農作物をつくることで、地域住民の収入を上げることをテーマに取り組んでいます。
それともう一つ別に、いま私が特に力を入れているのが、日本兵の遺骨収集です。

鬼丸 それはどういった経緯で始められたのですか?

井本 武装勢力のリーダーたちが、和平仲介に奔走ほんそうしてくれた恩返しとして、遺骨調査に協力したいと申し出てくれたんですよ。というのも、70年近く内戦が続いてきた地域には日本兵の遺骨がたくさん眠っていて、彼らはその位置関係についてある程度正確に把握していたんです。
そこで「ミャンマー/ビルマご遺骨帰國運動」という任意団体を立ち上げて、場所の特定に動き出したところ、現段階で推定約3,000柱を見つけることができました。その後、日本政府にも調査隊を出してもらえることになって、いまも掘り出したご遺骨を漸次ぜんじ持ち帰っているところなんです。
ただ、まだ完全に全土停戦がなっていないだけに、今後の進展は予断を許しません。このまま手をこまねいていると尻切しりきれトンボで終わってしまう可能性も十分にある。しかし私は日本人として、これは何としてもやらなければという思いで取り組んでいるんですよ。

一般社団法人日本ミャンマー未来会議代表

井本勝幸

いもと・かつゆき

昭和39年福岡県生まれ。東京農業大学卒業後、日本国際ボランティアセンターでソマリア、タイ・カンボジア国境の難民支援に関わる。28歳で出家。福岡県朝倉市の四恩山・報恩寺副住職としてアジアの仏教徒20か国を網羅する助け合いのネットワークを構築。平成23年より単身で反政府ビルマ少数民族地域へ。UNFC(統一民族連邦評議会)コンサルタントを経て、現在、日本ミャンマー未来会議代表を務める。

講演回数は年に120回

鬼丸 こうしてお話を伺っていると、それだけで圧倒されてしまいそうになりますが、僕の場合は支援活動のスタイルが井本さんとは180度違っていて、現場に行くのは年に2回だけなんです。
では、国内で何をやっているのかと言えば、講演とかロビーイングが中心で、資金調達にフォーカスしてやってきました。

井本 講演というのはどのくらいの頻度でやっているんですか?

鬼丸 年に120回くらいです。

井本 ということは、3日に一遍いっぺんはどこかでしゃべっている。それはすごいな(笑)。

鬼丸 現在、テラ・ルネッサンスが海外で支援活動をしているのは、アジアではカンボジアとラオス、アフリカはウガンダとコンゴ民主共和国、ブルンジの5か国で、日本人職員17名が各地に駐在しています。ですから、そこから随時上がってくる情報と、自分が直接現地で見聞きしたことを整理、編集して、現場でいま何が起こっているのかを伝え続けてきました。

井本 最近では特にどんな動きがあるのですか?

鬼丸 ここ最近で特に大きな動きがあったのは、ウガンダ北部です。ここでは23年に及ぶ内戦で、「神の抵抗軍」という武装勢力によって大体3万8,000人の子どもたちが誘拐されて、兵士にされてきました。我われはその子ども兵の社会復帰を図るために、職業訓練や識字教育、低利子融資による起業支援といったハイブリッド型の支援を続けてきたんです。
ところが昨年(2017年)、隣国の南スーダンから100万人に及ぶ難民が一気にやってきました。それに対して政府の方針は難民たちのウガンダ定住を促進するというものだったので、我われとしては緊急支援活動を行うとともに、元子ども兵たちに対するものと同じ支援を、まずは170名の難民を対象に始めたところなんです。
また、コンゴ民主共和国では厳しい状況がずっと続いていて、首都キンシャサのある西部と東部とが完全に切り離れてしまっているんです。というのも国土が広大なだけに、中央政府は東部をほとんど掌握しょうあくできていません。そのため東部で群雄割拠ぐんゆうかっきょしている武装勢力が、兵士のリクルーティングに次々とやって来る。
そこで一昨年くらいから、そういった状況に歯止めをかけようと、コンゴ東部で子どもたちへの教育支援を展開し、新たな徴兵を防ごうとしているところなんです。教育を受けた子どもたちは、武装勢力の勧誘を断る力がつくからです。

認定NPO法人テラ・ルネッサンス創設者

鬼丸昌也

おにまる・まさや

昭和54年福岡県生まれ。立命館大学法学部卒。平成13年初めてカンボジアを訪れ、地雷被害の現状を知り、「すべての活動はまず『伝える』ことから」と講演活動を始める。同年10月大学在学中に「テラ・ルネッサンス」設立。翌年日本青年会議所人間力大賞受賞。地雷、子ども兵や平和問題を伝える講演活動は、学校、企業、行政などで年間約120回行っている。