2021年7月号
特集
一灯破闇
インタビュー②
  • さくら着物工房主宰鈴木富佐江

奉仕の心と知恵があれば
人生はひらける

お年寄りや障碍のある人でも簡単に結べる「さくら造り」帯。この画期的な帯の発明は、開発者である鈴木富佐江さんの引き揚げや闘病さなど様々な人生体験から生まれたものといってもいい。奉仕の精神と知恵によって人生の闇を破ってきた84年の歩みをお聞きする。

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簡単に結べる「さくら造り」帯

——鈴木さんが開発された「さくら造り」帯は簡単に着つけができるというので、お身体の不自由な方を含めて女性に大変好評だとお聞きしています。

通常の帯結びは慣れている方でもなかなか大変な作業です。ところが「さくら造り」帯は、まるで折り紙のように帯を折り、要所を糸と針で留めてお太鼓と胴がつながった造り帯なので、わずか2分程度で帯結びが完了します。お太鼓だけでなく、ふくらすずめのような変わり結びまで美しく仕上げることができるのです。
いまは「帯結びが苦手だから着物を着ない」という日本人女性が8割を超えたと言いますでしょう。そういう方でも、この「さくら造り」帯ですと簡単に結ぶことができます。ありがたいことに平成15年にこの「さくら造り」帯がメディアで紹介されると、「つくり方を教えてほしい」「帯を仕立ててほしい」という要望が相次ぎ、東京にある私の工房で学ばれていった方々が、今度は全国各地で教室を開いて普及に努めてくださるようになりました。

——どのようなきっかけでこの造り帯を考案されたのですか。

約20年前、65歳の時に私は脳梗塞のうこうそくを患いましてね。早い手当てでしたが右半身に麻痺まひが残りました。1番落胆したのは右手が後ろに回らず大好きな着物を着られないことでした。呉服屋さんに相談すると、帯を胴とお太鼓に切って別々に結ぶ「二部式」を提案されたのですが、これを聞いた時は本当にゾッとしました。着物にとって帯は命そのもの。はさみを入れるなんてとんでもないと。

——それで、帯を切らなくても結べる方法を考えようとされた。

ええ。ある時、お風呂に入っていて思いついたのです。「折り紙のだまし舟みたいに帯を折りたためばいいのではないか」って。その通りにやってみたら、不自由な手でもうまく結ぶことができて「さくら造り」帯や襦袢じゅばんなど4つの特許まで取得できました。
不自由は発明の母だと言われますけれども、いま考えると、この発明は幼少期の私の体験が大きく影響しているように思います。

さくら着物工房主宰

鈴木富佐江

すずき・ふさえ

昭和11年旧満州生まれ。21年父の故郷の茨城県に引き揚げる。白梅学園短期大学卒業後、幼稚園や金融機関に勤めながらボランティア活動に従事。現在はさくら着物工房を運営しつつ造り帯の普及に当たる。41年朝日新聞「明るい社会賞」平成7年シャルレ女性ボランティア奨励賞「ウィメンズ・フェローシップ」令和2年「渋沢栄一 論語と算盤大賞」受賞。著書に『風に吹かれて』(神奈川新聞社)。