2026年1月号
特集
拓く進む
対談
  • 理化学研究所量子コンピュータ研究センターセンター長中村泰信
  • 大阪大学量子情報・量子生命研究センター教授根来 誠

純国産
量子コンピュータは
こうして誕生した

先の大阪・関西万博で話題となった量子コンピュータは、我が国の重要な成長戦略分野の一つとして大きな期待が寄せられている。従来のコンピュータとの違い、そこから開けてくる世界はどのようなものなのだろうか。純国産の量子コンピュータ開発に初めて成功し、日本の量子コンピュータ研究を主導する中村泰信氏と根来誠氏は、いかにして未踏の地平を拓き進んできたのだろうか。2人の苦闘、その先に見据える未来とは──。

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    純国産の量子コンピュータを大阪・関西万博で公開

    根来 中村先生、きょうはよろしくお願いします。対談の機会をいただいてとても嬉しく思います。

    中村 私も楽しみにしていました。お目にかかるのは3か月ぶりくらいでしょうか。

    根来 はい。中村先生をはじめとする専門家の方々と共同開発した純国産の量子コンピュータが7月28日に大阪大学で稼働して、記者会見にご出席いただいた時以来です。2023年に初めて国産の量子コンピュータ開発に成功して、今回は主要部品をすべて日本製でまかなうことに成功したのはとても画期的なことでした。

    中村 それを大阪・関西万博の会場とネットで結んで、たくさんの来場者の皆さんに操作を体験していただいたのも、非常に有意義なことでしたね。

    根来 1年くらい前に、万博で量子関連の展示を計画しているという話を国から聞いて、他でもない地元大阪で開催される国際イベントなので、ぜひやらせてくださいと手を挙げました。そうしたら、会場に入ってすぐの所が大阪大学のブースになるというので、これは責任重大だなと。皆さんに少しでも興味を持ってもらいたいと考えて、実際に量子コンピュータに触ることのできる体験型のブースにさせていただきました。小さな子たちには、量子コンピュータとゲーム対戦ができるコーナーも用意しました。

    中村 公開前に展示内容を拝見しましたが、根来さんたちの頑張りで素晴らしいものができていて、これはきっと成功すると思いましたよ。

    根来 僕は大阪の人間なのでよく分かるんですけど、大阪の家庭には前回1970年の大阪万博の時から万博への特別な思い入れがあるんです。ですから、この度の展示も絶対に面白いものにしなければという強い思いがありました。
    結果的に約2万人もの方にブースに来ていただくことができました。今後量子コンピュータの開発がさらに進んで、ニュースで取り上げられる機会もどんどん増えていくでしょうね。その度に来場者の方々は「万博の時に触ったことがある」と、楽しい記憶を呼び覚ますことができると思うので、本当にやってよかったと思います。

    理化学研究所量子コンピュータ研究センターセンター長

    中村泰信

    なかむら・やすのぶ

    昭和43年大阪府生まれ。平成4年東京大学大学院工学系研究科超伝導工学専攻修士課程修了。日本電気㈱入社。13年オランダ・デルフト工科大学客員研究員。23年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻にて博士号取得。24年東京大学先端科学技術研究センター教授。令和3年理化学研究所量子コンピュータ研究センター設立に伴いセンター長に就任。4年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授。

    量子コンピュータで何ができるか

    中村 量子コンピュータは、物理学の基本法則である量子力学の原理を利用して情報処理を行うことによって、スーパーコンピュータを含めた従来のコンピュータでは膨大な時間を要する計算を、短時間で効率的に行うことができるようになると期待されています。
    分かりやすく言えば、巨大な迷路の出口を探す時に、従来のコンピュータが一つずつ道筋を確認していくのに対して、量子コンピュータはすべての道筋を同時に、一瞬で確認することができます。情報の処理速度を速くするだけでなく、情報処理の仕方そのものを変えることで、スーパーコンピュータで何万年もかかる計算を、量子コンピュータが数分で解くことも可能になるのです。

    根来 2019年には、グーグルがスーパーコンピュータを超える量子コンピュータを開発したと発表しましたね。スーパーコンピュータのほうが情報処理能力は速いという反対論文もたくさん出ていましたが、量子コンピュータのほうもさらに高度な処理を行ったという論文も出続けています。

    中村 たぶん触媒や医薬品の開発では早い段階に強みを発揮するでしょうね。開発で不可欠な化学反応のシミュレーションは、基本的に分子や原子の話で、量子力学に従って動いているわけですから、それを量子コンピュータでシミュレーションするのは理にかなっています。
    それから、いまブームのAIに量子コンピュータが応用できたらすごい世界が広がるかもしれないという期待も高まっています。

    根来 バイオテクノロジーやバイオインフォマティクスなど、生物、医療の分野の研究者も、すごく興味を持ち始めていますね。最近活動を共にした医学部の先生方も「量子コンピュータって、医療に役に立つんじゃないか?」みたいなことをおっしゃっていて、昨日も皆さんの前でお話をさせていただいたところなんです。

    中村 そもそも私たちの社会は、量子力学にすごく影響されているんですね。量子力学自体は100年以上前から研究されてきて、その理論に基づいてトランジスタやレーザーが発明されたわけです。
    20世紀の終わり頃から、情報処理や情報通信に量子力学の原理を応用した量子情報科学というのが芽生えてきました。これを切り口に量子力学を捉え直すことで新しいアイデアがどんどん生まれて様々な分野に影響を及ぼし始めました。量子コンピュータもその流れの中から生まれたものです。
    サイエンスというのは発展するとどんどん細分化して、異なる分野の間でお互いにコミュニケーションがしにくくなる傾向がありますが、量子情報という一つの共通言語の下でいろんな分野の人がそれぞれのバックグラウンドを生かして研究に取り組むようになったことは、サイエンスの発展においては非常に画期的なことだと思います。

    大阪大学量子情報・量子生命研究センター教授

    根来 誠

    ねごろ・まこと

    昭和58年大阪府生まれ。平成23年大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻博士課程修了。同助教に就任。大阪大学先導的学際研究機構特任准教授などを経て、令和3年大阪大学量子情報・量子生命研究センター准教授・副センター長。キュエル㈱取締役CSO。7年大阪大学量子情報・量子生命研究センター教授・副センター長。