2020年11月号
特集
根を養う
対談
  • (左)元警察庁生活安全局長竹花 豊
  • (右)元広島県警本部少年育成課長竹内光弘

トイレ掃除が子供たちを変え
社会を変える

かつて「暴走族の街」という不名誉なレッテルを貼られていた広島。現在、街の治安は警察と県民の懸命の努力によって見違えるほど回復したが、その原動力となったのがトイレ掃除の実践活動であった。これまであまり顧みられることのなかったこの尊い営みが持つ可能性について、現地で青少年健全育成活動に尽力した竹花 豊氏と、竹内光弘氏に語り合っていただいた。

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掃除の偉大な力を見失ってはならない

竹内 2019年1月に中央教育審議会がまとめた学校の働き方改革についての答申に、とても気になる記述がありました。掃除は学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務であり、なるべく外部に委託すべきだというんです。
確かに学校教師の長時間勤務は深刻な問題です。しかし、こんなふうに掃除を軽視する考え方というのはいかがなものでしょう。
私はかつて警察官として、広島県警本部長を務められた竹花さんのもと、掃除を通じて犯罪防止と青少年健全育成に非常に大きな実績を上げてきました。文部科学省や中教審の有識者には、私たちが尽力した広島の奇跡をぜひとも真剣に学んでいただきたい。そして教育における掃除の重要性を理解していただきたいと思うんです。

竹花 自分の汚したものを自分で綺麗きれいにするのは人間として当然で、人間が社会を形成していく上で不可欠な営みです。子供たちがそのことを理解していく上で、学校で先生と一緒になって掃除を行うことはとても大事なことです。
いまおっしゃった答申は、何とか先生の負担を減らしたいと考えてまとめられたものであって、ことさらに学校から掃除を排除しようというものではありません。現にこの答申を受けて文科省が各教育委員会等に通知文やその関連文書を出していますが、それを見ると、学校における掃除は教育的効果があるものとする小・中の教育指導要領は変わっていませんし、むしろボランティアの方々をお願いして共に清掃することを称揚しょうようしているのですよ。
ですから、先生の負担を減らすために学校の掃除をさせないようにしているというのは、誤解であって、文科省がそのようなことを考えていないということは、はっきりしています。
ただ、そのような誤解が学校現場に起きているのではないかと言う方がおられるのも事実ですので、その後の動きはよく見ておく必要があると思います。

竹内 私も非常に心配です。

竹花 しかし、学校現場にはしっかりした方がたくさんいらっしゃいますから、これまではぐくまれてきた大切な教育文化が、すぐなくなるわけでは決してないと私は確信していますけれども。

竹内 確かにそうですね。本当によいものは、反対があればあるほど生き残ると思いますし、逆にこれをバネにこれまでよりよくなるかもしれない。広島で私たちがやってきたことも、まさにそうでしたからね。

元警察庁生活安全局長

竹花 豊

たけはな・ゆたか

昭和24年兵庫県生まれ。48年東京大学法学部卒業、警察庁に入庁。平成2年警察庁刑事局捜査二課暴力団対策室長、4年同生活安全局薬物対策課長、6年大分県警本部長、8年警視庁地域部長、9年警察庁官房参事官、11年警視庁生活安全部長、13年広島県警本部長を歴任。15年東京都副知事。17年警察庁生活安全局長。19年警察庁退官。東京都教育委員、東京ビッグサイト社長等を務める。著書に『子どもたちを救おう』(幻冬舎)がある。

パトカーをぶつけてでも止めるしかない

竹内 読者の皆さんのために、ここで当時の広島の状況をざっと振り返っておきたいと思います。
広島は長らく暴走族問題を抱えて治安が悪く、平成11年から13年がそのピークでした。11年秋の胡子えびす大祭の日には、250人の暴走族が市内のど真ん中で暴れ出し、警戒中の機動隊に襲いかかりました。この事件が全国に放映されて、広島は暴走族の街という不名誉なレッテルをられてしまいました。
警察は面子めんつを懸けて取り締まりを強化し、80人もの少年を逮捕しましたが、逆にそれが火に油を注ぐ結果となりました。駅やコンビニの周辺に大勢でたむろしては悪さをする。約400人もの暴走族が連日朝まで爆音をとどろかせて街中を走り回る。広島市の100万の市民はノイローゼになってしまったわけです。
彼らは、自分たちをコントロールする暴走族OBの「面倒見めんどうみ」と呼ばれる男たちに高額な上納金を支払わなければなりませんから、ひったくり、強盗ごうとう恐喝きょうかつを繰り返す。広島県の犯罪件数は1.5倍に膨れ上がりましたが、関係機関は責任転嫁を繰り返すばかり。平成13年9月に竹花さんが広島県警本部長に着任なさった時には、どうにも手をつけられない状態におちいっていました。

竹花 広島へは警察庁の人事でたまたま赴任することになったのですが、実際に暴走族が夜中に走り回るのを目の当たりにして非常に驚きましたし、夜も眠れない街になってしまった広島で、多くの市民の方々が非常にお困りになっていた。この問題にしっかり対処しない限り県警の責任は果たせないと痛感して、本気で向き合おうと決意したわけです。

竹内 竹花さんは着任早々、「君たちは何をやっているんだ。県民の願いは暴走族対策だろう」と、徹底した取り締まりを宣言されましたね。そうして過去に例のない強力な取り締まりが始まり、パトカーを彼らの車両にぶつけて停止させるという強行捕捉作戦も思い切って実行されました。

平成11年11月、胡子大祭にて。250人の暴走族機動隊と衝突した(上)。パトカーの体当たりで前部がへこんだ暴走族の車 ©中国新聞社提供

竹花 取り締まりが行き過ぎと判断されれば警察のほうが罪に問われますから、それまでの対応はとても慎重でした。そういう警察に対して暴走族の少年たちは、追尾するパトカーに物を投げ、棒で叩き、盗んだ消火器で消火剤を噴きつけ、挑発行為を繰り返していました。挑発に耐え続ける警察官は疲れ、敗北感すら抱いていました。
要するに少年たちは、大人社会をなめていたわけですね。「何をやっても、どうせあいつらは何もできない」「たとえ捕まっても、俺たちは少年だから大したことにはならないんだ」と。
そういう彼らに対して、世の中は決して甘いものではないこと。悪いことをすれば社会は厳しく対処するんだということを、まずはきっちり教えてやる必要がありました。熟慮の結果、「パトカーをぶつけてでも止めるしかない」とはらくくったわけです。

竹内 思い切った決断でしたね。

竹花 もしそれによって誰かが怪我をしたり、死んだりするようなことがあれば、私は当然責任を取らなければなりません。ですから実行には細心の注意が必要でした。歩道を歩く人にぶつけないよう、対向車線に飛び出さないよう、慎重にやらなければならない。必要最小限の強制力行使と理解してもらえるように、事前に制止の警告を繰り返すことも指示しました。
幸い、1人の怪我人を出すこともなく彼らの車両を止め、乗っていた少年たちを逮捕することができました。絶対にぶつかってこないと思っていた彼らは大きなショックを受け、集団暴走は沈静化に向けて大きく前進しました。

元広島県警本部少年育成課長

竹内光弘

たけうち・みつひろ

昭和19年広島県生まれ。39年広島県警警察官を拝命。刑事を中心に40年間の警察人生を送り、平成16年広島県警本部少年育成課長を最後に退職。警察官時代に鍵山秀三郎氏に師事し、トイレ掃除を通じて多くの非行少年を更生させた。また、荒れた学校を立て直すために、地域ぐるみでトイレ掃除を実施。退職後も各地のトイレ掃除と講演活動を続けている。共著に『トイレ掃除の奇跡』(致知出版社)がある。