2023年9月号
特集
時代を拓く
対談
  • JFEホールディングス名誉顧問數土文夫
  • 東京大学名誉教授月尾嘉男

50年先の日本に
未来はあるか

現在、日本は大きな危機に直面している。30余年前、世界の株式時価総額のトップ5はすべて日本企業が占めていたが、いまやトップ50にすら1社も入っていない。高齢化率は世界2位、合計特殊出生率は世界186位、競争力は世界35位、留学生数は世界38位……。既に世界の三流国へと凋落してしまったと、數土文夫氏と月尾嘉男氏は警鐘を鳴らす。問題の原因は何か。いかにして打開するか。大所高所から論じ合う日本の未来──。

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日本人の精神性が劣化している

數土 僕はね、月尾さんと面識を得たいなと、ずっと長い間思っていたんですよ。

月尾 光栄です。私も『致知』の「巻頭の言葉」を読ませていただいて、数字に基づく考察もさることながら、古典のぞうけいが大変深く、とても同じ工学部卒業とは思えないと感心していました(笑)。

數土 いえいえ。今回、編集部に頼んで、月尾さんのご著書『日本が世界地図から消滅しないための戦略』(致知出版社刊)を送ってもらったんですけど、読んでびっくりしました。僕が最近、外でしゃべっていることとほとんど同じことが書かれてある(笑)。
僕がNHKの経営委員長や東京電力の会長を務めていた時、経理部長だとか財務部長だとか企画部長が事あるごとに説明に来るんですが、最初の頃は10分間話をして1回も数字が出てこない。だから、いまの日本は数字を大事にしなくなってしまった。これが1番の弱みじゃないかと思います。

月尾 この本をじょうしたのは2015年ですから、日本を取り巻く様々なデータは、いまはもっと下がって悪化しています。

數土 いま日本が直面している問題の一つは、超高齢社会と少子化社会、これが重なって進んでしまっている。若い人の負担が過重になり、老人には不安を持たせるような時代になっています。

月尾 世界の高齢化率を見ると、1位はモナコで2位が日本です。ただ、モナコは金持ちの年寄りが集まっている特殊な国です。だから、普通の国の中では日本が世界一の高齢国ということになります。それから少子化については、日本の合計特殊出生率(女性の年齢別出生率を合計したもの/1人の女性が生涯に産む子供数の平均)は世界で186位(図Ⅰ)というとんでもなく低い状態です。

図Ⅰ

數土 それらが何を意味しているかと言うと、あらゆる分野で日本人の生産性が落ちてしまっている。特に日本人は国も企業も金融資産の生産性に着目することを忘れてしまって、お金に関する話をするのは道徳的にいかがなものかと。そういう古い考えを持っているものですから、なかなか経済的に豊かになっていかない。日本の大企業の経営者で財産を持っている人は外国に比べても少ないですよ。この30年間で日本の企業は相対的に規模が小さくなってしまいましたね。

月尾 おっしゃる通り、1989年が日本経済の頂点でした。世界の株式時価総額のランキングを見ますと、この年はトップ20に日本企業は14社入っており、トップ5はすべて日本企業です。さらに1位のNTTを除くと、2位から5位まではいずれも銀行が占めています(図Ⅱ)。
それがいまどうなっているかというと、上位50番以内に日本企業はゼロ、52位にようやくトヨタ自動車が入っている(図Ⅲ)。日本は世界経済の中からちくされてしまったと言わざるを得ません。

図Ⅱ 図Ⅲ

數土 それはなぜかと。日本人がしょうせいに甘んじ、既得権益に執着するという精神状態に陥ってしまった、と僕はそう思っているわけ。だから、企業は合併して1兆円規模の投資もやれるようにならないとダメなんですけど、どうも日本では経営統合が進まないですね。

月尾 かつて世界の上位を占めていた日本の銀行も、合併に合併を重ねていま3大メガバンクに集約されましたが、経営状態はガタガタになってしまっています。

數土 銀行に限ったことではありませんが、外から見るところでは経営陣がわずかな既得権益を手放すのを嫌がるものだから、経営統合がうまくいかないんじゃないかなと。新しいことに挑戦し進歩する時には、旧来のものを捨てないといけないんですけど、そこに残存価値があって、それを守ろうとするわけです。
明治維新の時には、「じょうせいもん」にある通り、「旧来のろうしゅうを破り」、版籍奉還や廃藩置県、地租改正、四民平等などの改革を行いました。いまはその当時のように先を見通して悪い習慣や制度を廃することができていない。
名誉心だとかれんしんだとか正直、誠実、仁愛、こういった精神性の根幹を成すものが生産性を高めていく原点になっていると僕は思っているんです。それが失われてしまった。日本人の精神性の劣化が進んでいる。これは危機ですね。

JFEホールディングス 名誉顧問

數土文夫

すど・ふみお

昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。経済同友会副代表幹事、日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長を歴任し、令和元年より現職。

〝護国の鬼となる〟明石元二郎の覚悟

月尾 數土すどさんが時々「巻頭の言葉」に書かれているように、明治までは江戸の教育の名残で、そういう精神が日本にまだありました。

日露戦争の勝利に陰で大きく貢献したあかもとろうという陸軍軍人がいます。彼は参謀本部次長の児玉源太郎から当時の金で100万円、いまだと40~50億円の工作資金を受け取り、ヨーロッパで様々な工作を仕掛けてロシアをかくらんさせ、終戦後に精算します。
おおざっに言うと「70万円使いましたので、30万円お返しします」ということです。それ自体も立派ですが、「本当に申し訳ないのですが、数百円だけ合いません。列車のトイレの中で相手に渡す金を数えていた時に落としてしまいました」と言ったそうです。私はこの話が大好きです。
軍部というのは裏で不明瞭な金を使っていることが結構あったにもかかわらず、明石がいかに正直な人間だったかが伝わってきます。

明石元二郎

數土 いまの話は心からうなずけます。台湾のとうさんと韓国のパクチョンさんは両方とも日本の統治時代に日本人として生まれ、日本の教育を受けているわけですけど、それぞれ総統と大統領になってからの両国の対日政策には差が生じています。台湾にはいまも日本の遺産が受け継がれていますが、韓国には消えてしまっている。それは台湾総督を児玉源太郎や明石元二郎ら人徳のある軍人が務めていたからではないかと思いますね。

月尾 明石元二郎は台湾総督の在任中、一時帰国する船上で体調が悪化して生地の福岡で亡くなります。「の死体はこのまま台湾に埋葬せよ。いまだ実行の方針を確立せずして、中途にたおれるはせんざいこんなり。余は死して護国の鬼となり、台民の鎮護たらざるべからず」という遺言によって、台湾にお墓が設けられます。これほどの気概で明石は自分の為すべき仕事に対して真剣に向き合っていました。いまはなかなか見つからないような立派な人だと思います。

數土 素晴らしい。こういう先達の言葉に触れると心を打たれます。

月尾 數土さんも以前、「巻頭の言葉」に書いておられましたが、いなぞうの『武士道』は日本人がもう一度きちんと学ぶべき内容だと思います。

數土 ええ。精神性の劣化というのはアメリカの占領政策「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」による影響が大きいと思うんですね。新渡戸稲造の『武士道』、福澤諭吉の『学問のすゝめ』、内村かんぞうの『代表的日本人』、僕はこの3冊は日本人の精神性を取り戻す必読書だと言って、事あるごとに薦めているんです。

月尾 さいしんを持って相手を見るのはいさぎよくない、武士道精神にもとると思われるかもしれませんが、日本人はその点あまりにも無用心だと思います。
面白い例があって、日露戦争がぼっぱつすると、金子堅太郎は旧知だったアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領を訪ね、全米各地を講演して回り、世論を味方につけます。ルーズベルトは日本文化に深い理解を示し、『忠臣蔵』を何回も読んだとか、『武士道』に感銘して自ら数冊買って友人にプレゼントしたという逸話が残っています。
しかし、それ以前から日本に警戒心を抱いており、アメリカの艦隊を日本に寄港させてけんせいしたり、排日移民法の端緒を開いたりしていくわけです。さらに海軍次官であった時には、「オレンジ計画(日本との戦争へ対処するためのアメリカ海軍の戦争計画)」を策定しています。この例からも分かるように、国際社会はかし合いだというくらいの覚悟を持って世界を見る訓練が、いまの日本人には必要だと思います。

數土 そうです。足りないのは歴史の素養です。
日本は日清・日露戦争に勝って、それからのぼせてしまって大東亜戦争に敗れ、戦後の高度経済成長によってジャパン・アズ・ナンバーワンとなって、そこでまたのぼせてしまって、いま失われた30年といわれている。
『論語』には「遠きおもんぱかりなければ必ず近き憂いあり」、『えききょう』には「治にいて乱を忘れず」という言葉があります。こういう用心深さが国家には必要ですね。

東京大学名誉教授

月尾嘉男

つきお・よしお

昭和17年愛知県生まれ。40年東京大学工学部卒業。46年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。53年工学博士(東京大学)。都市システム研究所所長、名古屋大学教授、東京大学教授などを経て平成15年東京大学名誉教授。その間、総務省総務審議官を務める。著書に『日本が世界地図から消滅しないための戦略』(致知出版社)など。