2017年1月号
特集
青雲の志
インタビュー
  • 米パデュー大学特別教授根岸英一

夢は限りなく、
果てしなく

近年、ノーベル賞受賞者に次々と日本人の名が連ねられている。新薬の開発や液晶など様々な分野に応用される「クロスカップリング反応」を発見し、平成22年にノーベル化学賞を受賞された根岸英一氏も、またそのお一人である。若くして世界トップクラスの研究者になろうと志を立て、常に最高レベルの研究に挑戦し続けてこられた氏の研究に懸ける思いとともに、その人生行路をお話しいただいた。

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発見に至るプロセス

──根岸先生は現在、どのような活動をされているのでしょうか。

私は今年(2016年)で81歳になりましたが、いまもアメリカのパデュー大学で研究を続けています。科学者とは、一つの研究が成功したとしても、それで終わりではなく、常に新たなテーマを見つけ、それに挑戦していくものです。ですから常に時代の先端を行く発見をしたいという思いだけは、ずっと忘れずにやってきました。
長いことアメリカにおりますが、最近は1年のうち大学にいるのは2か月くらいで、あとはヨーロッパや日本などに滞在していることが多いですね。大学にはスタッフ6、7人が中心となって研究が進められていて、いくつかよい仕事が出てきています。
その意味で、私は科学者ではありますが、中小零細企業の社長と同じだという思いが強いですね。

──あぁ、中小零細企業の経営者と同じだと。

研究のコアとなる部分は自分で考えることが必要で、人に任せることはできません。ただ、その先のことになると、実験などを含めてすべて他の人の手を借りなければできない。そうなると、中小零細企業の社長と一緒で、やはりヒト、モノ、カネをいかに裁量するかというのは常につきまとってくる問題です。

──なるほど。新しい研究に取り組まれる際に、心掛けておられることはありますか。

「発見に至るプロセス」というものを考えていて、それに則って研究を進めています。

──発見に至るプロセス?

まず出発点にあるのが、こういうものが欲しいとか、こうなったらいいなという「ニーズ」や「願望」です。セレンディピティー(思いがけない偶然の発見)というのも確かにありますが、そればかりに頼ってはいけません。
次に、そのニーズや願望を達成するために作戦を練ります。そしてこの作戦でいこうと決めたら、それに沿う方向で「系統だった探究」を始める。この系統だった探究というのが実は非常に難物で、これでいいのか、間違っているかもしれないと思う瞬間が何度もあるんですよ。失敗が続くと、こんなことをやっていてもムダかもしれないと思うことだってあります。

──あぁ、分かるような気がします。

そんな時に大事なことは、「いや、自分は絶対に屈しない。これでいくんだ」と思い続けられるかどうか、です。そう思い続けるには、「知識」「アイデア」「判断」が要ります。その3つが不屈の「意志力」と「行動力」を生むんですよ。そしてこうしたプロセスを経ることで、ようやく「幸運な発見」が生まれる。

──その一連のプロセスは、科学技術に限らず、あらゆる仕事に当てはまるかもしれませんね。

おっしゃるとおりで、これは研究の世界だけの話ではなく、あらゆる仕事にも通ずるのではないかと思いますね。

米パデュー大学特別教授

根岸英一

ねぎし・えいいち

昭和10年旧満洲長春生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業後、33年帝人株式会社に入社。35年帝人を休職して、フルブライト奨学生としてペンシルベニア大学大学院に留学。41年帝人を退職、パデュー大学博士研究員に。47年シラキュース大学助教授、同准教授を経て、54年パデュー大学に移籍し、教授に就任。平成元年同大学化学科特別教授に就任。有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリングに関する業績で、22年ノーベル化学賞を受賞。著書に『夢を持ち続けよう!』(共同通信社)がある。