2019年8月号
特集
後世に伝えたいこと
インタビュー②
  • 文筆家高橋こうじ

歌い継ぎたい
日本の唱歌、童謡

明治期から年齢を超えて国民に口ずさまれてきた唱歌、童謡は、現代の日本人の心を捉える不思議な力がある。日本語の持つ魅力や素晴らしさを後世に伝えるために文筆活動を続ける高橋こうじ氏に唱歌、童謡に込められた先人の思い、受け継ぐべき日本人の心についてお聞きした。

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日本人の琴線に触れる唱歌、童謡

——高橋さんは長年、「言葉とは何か」をテーマに文筆活動を続けられていますね。

はい。子供の頃から言葉で遊ぶのが好きで、なぞなぞやダジャレをつくって楽しんでいました。初めて辞書を買ってもらった時も、本来なら分からない言葉を調べるところを、最初から一ページずつ順番に読んでいくような、少し変わった子供でしたね(笑)。
高校生の頃はドラマの脚本にあこがれてコントみたいなものを書いたりしていました。あるコントの中に、地方のある旅館に有名な映画俳優が泊まりに来て、散歩に出掛ける時に「行ってきます」と声を掛けると、応対したバイトの女の子が「行ってらっしゃい」と言いながら顔を赤らめる、という場面を描いたことがあります。
女の子がなぜ顔を赤らめたのか。それを自分なりに分析してみると、「行ってきます」「行ってらっしゃい」は家族を送り出す時の、とても愛情のもった言葉なんですね。しかも「行って来る」ですから、また自分の元に帰ってくるという意味も含んでいる。まさに家族や親しい間柄だけに使う人間同士の心のつながりを示す素晴らしい言葉だと気づいて、その頃から「日本語はいいな」と本格的に興味を持つようになりました。

——それで言葉を仕事のテーマに?

ただ、もともと脚本家を目指していましたから、大学を出てからは10年、20年とそちらの夢を追っていましたね。しかし、なかなかヒット作に恵まれず、一方で言葉についてのコラムやエッセーはとても評判がいいんです。次第に言葉というテーマに軸足を移し、大和やまと言葉という原点にさかのぼって日本語の魅力を広くお伝えしたいと思うようになりました。そういう中で唱歌、童謡の素晴らしさを再発見するようになったんです。
いまでも思い出すのは、大和言葉に関する本を出した時、その一つの例として、お馴染なじみの唱歌『故郷ふるさと』の歌詞を紹介しました。『故郷』がなぜ心に響くかというと、日本列島の風土、大自然の中から生まれた大和言葉だから、という解説も添えました。


 一、
 うさぎ追いしかの山
 小鮒こぶな釣りしかの川
 夢は今もめぐりて
 忘れがたき故郷

 二、
 いかにいます 父母ちちはは
 つつがなしや 友がき
 雨に風につけても
 思いいずる故郷

 三、
 こころざしを果たして
 いつの日にか帰らん
 山は青き故郷
 水は清き故郷


驚いたのは、読者から大和言葉そのものよりも、むしろ『故郷』の歌詞を初めてじっくり味わった喜びや感動の声が多く寄せられたことです。口ずさんではいても、その歌詞の美しさをみしめている人は少ない。それが日本の唱歌、童謡なのだと気づかされました。

文筆家

高橋こうじ

たかはし・こうじ

昭和36年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、文筆家に。「言葉とは何か」をテーマにしたシナリオ『姉妹』で第10回読売テレビゴールデンシナリオ賞優秀賞受賞。平成26年に上梓した『日本の大和言葉を美しく話すーこころが通じる和の表現ー』がベストセラーに。他の著書に『日本の童謡・唱歌をいつくしむー歌詞に宿る日本人の心ー』(いずれも東邦出版)など多数。