2023年3月号
特集
一心万変に応ず
インタビュー③
  • 日本航空・スカイマーク元国際線機長横田友宏

不断の努力こそ
危機に応ずる最重要の資質

私の体験的危機対応論

悪天、機体トラブル、急病人……大空を飛ぶ旅客機には常に危機がつきまとう。不測の事態に陥っても乗客の命を守り抜くには、異変に動じない器量、人材が不可欠だ。国際線機長として30か国を行き来した時期を含め、定年まで45年間を無事故・無違反で貫き、総勢100名以上の後進にプロへの道を開いてきた横田友宏氏に訊く、危機に応ずる心の培い方。

    この記事は約11分でお読みいただけます

    すべては事故の悲しみを一つでも消すために

    ——一度陸を離れたが最後、何百という乗客の命を預かって、何が起こるか分からない空を飛ぶ。横田さんはパイロット、教官として豊富な経験をお持ちですが、この任の重さは大変なものですね。

    航空大学校にいた19歳の頃から、5年前に65歳で定年するまで飛んでいましたから、45、6年になりますか。わざわざ検証したことはないですけども、幸いにこの間、無事故・無違反で通し、機長を務めた機体を損傷させたことも、お客様から死傷者を出したこともありません。
    航空機の事故というのは悲惨極まりなく、あってはならないものです。最も大切なのはお客様の命ですが、事故が起きればパイロット本人の命も失われ、大勢の家族が悲しむことになります。ですから私は「一人でもいいから、事故で家族を失って悲しむ人を減らす」ことを生涯のテーマに定めて仕事に取り組んできました。

    ——一貫して高い志の下で、安全な空の旅を提供してこられた。

    日本航空(以下JAL)では子会社で安全推進担当部長を務めたのを皮切りに、長く訓練生の育成にも励んできました。ここだけは誇れるかなと思うのは、米国のナパ運航乗員訓練所で自社養成の訓練生を教えた時のことです。
    大学を出たばかりでそうじゅうかんを握った経験すらない若者を訓練して、2年間でひと通りの操縦士免許を取得させ、次の課程に送り出す。それまで平均7~8人だったところを、当時最多の13人を修了させました。その後、13人全員が機長にまで昇進し、半数以上が指導教官やチェッカー(査察操縦士。機長や副操縦士の能力を試験するパイロット)を務めています。

    ——全員が機長に。何か特別な教えを授けたのですか?

    教え子がナパの課程を修了することは努力目標にしていませんでした。頭にあったのは全員が機長になり、定年まで一生、事故を起こさずに務め切ることです。そうなると自ずと教え方も変わります。
    現在は国内でもまれな訓練設備を持つ桜美林大学航空・マネジメント学群で学生を指導していますけど、私の生涯のテーマに基づいて教えている点は同じです。
    夜の暗闇の中ではどうするか、天気が悪い時はどうすべきか、といった基礎はもちろん伝授します。ただ、それを1個1個伝えてもらちが明かないし、不測の事態には対応できません。まず教えるべきは原理原則なんです。訓練生がもし間違えたら、ミス自体をしかるのではなく、原理原則に照らして、その行動がどうまずかったのかを自分で考えさせる。魚を与えるよりも、釣り方を教えるんです。後は自分で育つはずです。

    ——自分で考え動く力が大事だと。

    そう思います。とにかく自分で考えさせる。このように指導に携わった機長・副操縦士は100人以上になりました。

    日本航空・スカイマーク元国際線機長

    横田友宏

    よこた・ともひろ

    昭和28年東京都生まれ。航空大学校を卒業後、50年日本航空(JAL)入社。B747機長として世界30か国へのフライトを経験。米ナパ運航乗員訓練所では教官として当時最多の訓練生を送り出す。以降、試験飛行室機長、安全推進本部次長などを歴任し、平成23年スカイマークに移り乗員課機長、ライン操縦教官を務める。30年より現職。著書に『国際線機長の危機対応力 何が起きても動じない人材の育て方』(PHP新書)などがある。