2026年1月号
特集
拓く進む
インタビュー③
  • 千葉大学医学部附属病院名誉教授生坂政臣

誤診ゼロへの
終わりなき挑戦

不可能を可能にした総合診療

この日本には、病院をいくつ回っても診断がつかない、原因不明の体調不良に悩む人が数知れずいる。そうした患者を受け入れ、問診を中心とする精緻なチーム医療で症状を究明するプロ集団がある。千葉大学医学部附属病院総合診療科。同科を立ち上げ、国内では数少ない総合診療医として走り続ける生坂政臣医師の開拓の軌跡を追った。

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    複雑化した病気を読み解く19番目の専門医

    ──生坂いくさか先生は、2013年に国から新たな基本領域と認定された「総合診療専門医」のパイオニアとして、多方面でご活躍です。

    定年後に、こんなに忙しくなるとは思わなかったです(笑)。
    2003年に総合診療科を立ち上げた千葉大学医学部附属病院を2024年春に退官しましたが、いまも毎月千葉大で診療支援をし、家内の実家である生坂医院(埼玉県)での診療、各地の病院で総合診療を開設している教え子の支援などで、毎週飛び回っています。

    ──総合診療医は、実際どのような医療を行うのですか。

    主に問診で患者さんの過去の病歴、現在の症状を的確に聞き出しながら、必要な身体診察と最低限の検査で病気を診断し、治療につなげます。
    問診というと地味に感じるかもしれません。でも実は、あらゆる病気のうち、少なくとも7割は病歴で診断がつくとされています。身体診察で分かる病気は2割、検査で分かるのは1割です。要は体に負担がかかる検査をしなくても、9割は診断がつくものなんですね。

    ──そこを専門的にるのが総合診療ということですか。

    ええ。日本にはもともと内科、小児科、皮膚科……と18の基本診療科があります。医師には大きく2通りあって、一つがこうした特定の領域に特化した医師。いわゆる臓器専門医です。
    もう一つは、それらをかん的に診る医師。これが総合診療医です。どの業界でもそうでしょうけど、こういう何でも屋に専門性はないと見なされがちです。しかし時代の変化を感じた厚生労働省は、2013年に19番目の専門領域に指定し、2018年からようやく専門医の養成が始まりました。

    ──先生が創設された千葉大病院総合診療科では、診断がつかない〝謎の症状〟に悩む患者さんを多く救ってこられたそうですね。

    千葉大総合診療科(以下:総診)は、紹介状のある方のみ受けつけるセカンドオピニオン外来として、診断に特化した総勢20人のチームで患者さんに向き合っています。普通、風邪か何かで病院に行くと、数分問診しただけで、すぐ検査になりますよね。私たち総診では、1人の患者の診断に半日以上かけています。

    ──ああ、1人に半日も。

    日本の保険診療の枠組みでは、問診と身体診察をいくら丁寧に行っても追加の診療報酬はゼロです。おのずと問診は短くなりますよ。日本に診断のつかない病気で医療機関を渡り歩く〝診断難民〟が多い理由の一つです。
    僕たちは患者さんの一挙手一投足を見つつ、過去にどんな病気をして、どんな薬を飲んできたか、自宅の間取りや食卓で誰がどこに座るのかといったことまで丁寧に聞いていきます。実は、体の特定の部位が原因の疾患はごく一部。心理的・社会的な要因で複雑化した疾患が非常に多いからです。

    ──体だけでなく、心や社会背景にも踏み込むのですね。

    以前、某番組に密着いただいた時、車いすの男子中学生が来ました。数か月前にふくらはぎがつってから、だんだん頻度ひんどが上がり、歩けなくなってしまったと。
    他の病院では痛み止めを処方されていましたが、いくら飲んでもよくならない。そんな訴えを聞きながら、足を診察すると、ある矛盾に気づきました。つまさき立ちができないという彼に、足先を踏み込む動作をしてもらったところ、難なくできる。爪先立ちが無理なら、同じように痛いはずなのに。
    チームで検討を重ねた結果、脳が痛みの記憶に強くとらわれて、不釣り合いなほどの異常が体に現れる「身体症状症」という診断に至りました。要は脳が勘違いをして、足を動かなくしていたんです。
    丁寧に説明したら、彼は納得したようでした。その数日後には、見事歩けるようになりましたね。

    ──診断がつくことが、それほど大きな変化に繋がるのですね。

    だから、よく話を聞くことは大切なんですよ。僕にとって問診は、推理小説を解いている感覚でしてね。本当に楽しみです。
    2025年夏、松本潤さん主演で、総合診療医の活躍を描いたドラマ『19番目のカルテ』の監修を務めました。国に承認を得られたいま、自分の目が黒いうちに、この職業の存在を広めたい。それがいまのモチベーションです。

    千葉大学医学部附属病院名誉教授

    生坂政臣

    いくさか・まさとみ

    昭和33年福岡県生まれ。60年鳥取大学医学部卒業。東京女子医科大学大学院博士課程(神経内科)修了後、平成2年アイオワ大学家庭医療学レジデントとなる。4年に米国アイオワ州医師免許、5年米国家庭医療学専門医取得。聖マリアンナ医科大学総合診療内科主任医長などを経て、14年より生坂医院副院長。15年千葉大学医学部附属病院総合診療科教授、令和6年名誉教授。日本専門医機構 総合診療専門医検討委員会委員長。