2023年12月号
特集
けいたいに勝てばきつなり
対談2
  • 慶應義塾高等学校野球部監督森林貴彦
  • 金蘭会中学校バレーボール部監督佐藤芳子

チームづくりの要諦は
人間学にあり

『致知』を活用した人間学の勉強会「木鶏会」が教育の場に大きく広がりつつある。今年(2023年)、夏の甲子園で見事優勝を果たした慶應義塾高等学校野球部と、中学女子バレーボールで史上初の4連覇を成し遂げた金蘭会中学校バレーボール部も、毎月の木鶏会を通じて『致知』を熱心に学んでいる。それぞれのチームを率いて目覚ましい実績を上げてきた森林貴彦氏と佐藤芳子氏に、指導において人間学を重視する理由や、木鶏会に懸ける思いを、ご体験を交えて語り合っていただいた。

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107年分の思いが詰まった優勝

佐藤 夏の甲子園でのご活躍を拝見しておりました。お目にかかれて光栄です。

森林 光栄だなんて、とんでもありません。こちらこそよろしくお願いします。

佐藤 きょうはとても緊張しています(笑)。気持ちを落ち着かせたいので、勉強で持ち歩いている致知出版社さんの本や木鶏会もっけいかいで使っているノートを周りに置かせてください。

森林 『致知』や書籍がスーツケースいっぱいに入っていますね。

佐藤 こちらは「森林監督ノート」です。お話をテレビで伺ってとても感動しましたので、監督の記事を集めて勉強させていただいています。

森林 いや、恐縮です。中学の女子バレーボールで大活躍をなさっている佐藤監督にそんなに研究されると、こっちが緊張してしまいます(笑)。

佐藤 こちらへ伺う前には、慶應義塾高校野球部のホームページに紹介されていた部訓を生徒と一緒に音読してきました。

森林 そうでしたか。あれは私が指導を受けた上田誠前監督の教えに共感して、部訓にさせてもらったものなんです。

佐藤 私たちがいつも言っているのと同じことがたくさん掲げてあったのでとても嬉しかったんですけど、「理論武装せよ」というのは新鮮でした。他校であまり見られないインテリジェンスが感じられて、さすが慶應さんだなと。さらに読み進めていくと言葉がどんどん熱くなって、最後のほうでは「自分で自分の逃げ道を作るんじゃねえ」「男は危機に立って初めて真価が問われるものだ」と。こういう無骨なところも併せ持っておられるのがすごく嬉しくて(笑)。

森林 うちの部員より熱心に読んでいただいてありがとうございます。上田前監督が日頃言っていたことをそのまま文字にしてあるので、結構荒っぽいところもあると思います(笑)。うちは世間のイメージとは違って、泥臭いところもいっぱいあるんですよ。

佐藤 そこが素敵なんです。こういう教えが、甲子園でのご活躍にもつながっているのでしょうね。

森林 我が校が夏の甲子園で優勝を果たしたのは、戦前に慶應義塾普通部と称していた時以来で、実に107年ぶりでした。前回優勝した時の関係者は誰も存命ではありませんから、初優勝を目指す気持ちで頑張ってきました。

107年ぶりの優勝を果たし、ベンチを駆け出す慶應義塾高校野球部の選手たち ©時事

今年(2023年)だけ特別に生徒がよかったとか、取り組みがよかったというわけではなくて、運とか縁とかいろんな見えない力も味方してくれて優勝することができました。過去に在籍した部員や監督やコーチや保護者の皆さんのいろんな思いが詰まった、107年分の優勝と受け止めています。

慶應義塾高等学校野球部監督

森林貴彦

もりばやし・たかひこ

昭和48年東京都生まれ。平成8年慶應義塾大学法学部卒業。大学在学中に慶應義塾高等学校の大学生コーチを務める。卒業後、NTT勤務を経て、指導者を志し筑波大学大学院でコーチングを学ぶ。その後慶應義塾幼稚舎教員をしながら、慶應義塾高等学校野球部コーチ、助監督を経て、27年監督に就任。令和5年全国高校野球選手権大会で107年ぶりの優勝を果たす。著書に『Thinking Baseball ─慶應義塾高校が目指す"野球を通じて引き出す価値"』(東洋館出版社)がある。

人間力の向上と強いチームの創造を理念に

森林 私どもの優勝は107年ぶりでしたが、佐藤監督が指導しておられる金蘭会きんらんかい中学校の女子バレーボール部は4連覇を果たされたそうですね。大変な強豪チームを育ててこられましたが、監督は何年務めておられるのですか。

佐藤 今年(2023年)で15年になります。おかげさまで指導を始めた翌年の2010年から13大会連続で全国大会に出場し、優勝を7回果たしてきました。この度の4連覇は、コロナによる大会中止や練習制限を乗り越えて、5年がかりで成し遂げることができましたので、とても感慨深いものがあります。

今年、中学女子バレーボール史上初の全国大会4連覇を成し遂げ、胴上げされる佐藤監督

森林 4連覇は、中学の女子バレーボールで史上初だそうですね。

佐藤 はい。史上に残ることをチームの皆で達成したいという気持ちでずっとやってきました。けれども、それは監督である自分の我欲ではないかと思うところがありまして。指導する生徒は中学生ですからプレッシャーをかけ過ぎてはよくないので、連覇という言葉は極力使わないようにして、一年一年、どこにも負けないチームをつくることだけに集中してこの5年間を過ごしてきました。
チームのメンバーは毎年入れ替わって、個性も特徴も様々に変わっていきますので、ここだけはブレずに大事にしていきたいことを、部の理念として掲げてきました。

森林 どんな理念を掲げていらっしゃるのですか。

佐藤 1つが「人間力の向上」です。子供たちも親御さんもバレーボールにおける成長をどうしても追い求めてしまうんですけど、うちの部はそうではなくて、人間としての成長をまず第一に目指すことにしています。
そしてもう1つが「強いチームの創造」です。人間力を高めた者同士が強いチームワークを発揮し、どこにも負けないチームづくりのために一人ひとりが行動を起こした時に、結果として全国大会での優勝はついてくるのではないかと考えています。
ですから連覇についても意識せず、まず目の前にいる生徒をどこまで成長させてあげられるか、このチームをどこまで素晴らしいチームに高めることができるかというところに専念してきました。
そういう指導を続けていく上で、とても大きな支えになってきたのが『致知』なんです。

森林 『致知』はいつから読まれているのですか。

佐藤 2018年の12月号からです。ちょうど指導をしていく上ですごく迷っていた時期でした。それまでに3回全国優勝をしていたんですけれども、果たして何のための日本一なんだろう。私はバレーボールしか教えてへんなと。また、その年は全国3位になってしまったんですね。で、3位も十分素晴らしいのに、「なってしまった」とはどういうことだろうと。
自分は一体何をしているのか分からなくなっていた時、ある方から「佐藤さんにぴったりの月刊誌があるから、ぜひ読んでみてください」って薦められたのが『致知』でした。早速読み始めたらもうズドーンとはらに落ちて、迷いが吹っ切れたんです。そこから木鶏会を始めて、生徒と一緒に人間学の勉強を続けているんですが、『致知』には何度も救われてきました。

森林 『致知』との出逢いが指導者としての転機になったのですね。

佐藤 そうですね。「人間力の向上」と「強いチームの創造」というチーム理念も、『致知』から学んだことをもとにつくりました。4連覇も、『致知』との出逢いから始まったんです。

金蘭会中学校バレーボール部監督

佐藤芳子

さとう・よしこ

大阪府生まれ。千里金蘭大学短期大学部を経て、平成17年大阪樟蔭女子大学学芸学部卒業。卒業後にバレーボールの指導を始め、21年金蘭会中学校女子バレーボール部監督に就任。全国大会優勝は通算7回、令和5年には中学女子バレーボール史上初の4連覇を達成した。