2021年4月号
特集
稲盛和夫に学ぶ人間学
アーカイブ
  • (左)京セラ会長稲盛和夫
  • (右)住友生命保険名誉会長新井正明

志を高く、大義を掲げ
それに殉ずれば、
懸命不動の力が与えられる

この対談はいまから27年前、1994年に行われたものである。時に稲盛和夫氏62歳。35周年の節目を迎えていた京セラの経営に加え、第二電電の設立にも携わり、八面六臂の活躍を続けていた頃である。対する新井正明氏は当時82歳。住友生命保険の社長、会長を歴任した関西財界の重鎮であった。人生と経営の本質を捉えた両氏のお話は、27年の時を経ていささかも色あせることがない。初出時の特集「懸命不動」の巻頭を飾った名対談を、ここに再録する(肩書は掲載当時のもの)。

この記事は約28分でお読みいただけます

従業員の物心両面の幸せの追求

稲盛 きょうはわざわざおこしいただきまして、本当に恐縮です。

新井 いえ、こちらこそ(笑)。いま玄関の所に、「敬天愛人けいてんあいじん」という西郷南洲なんしゅうの言葉が石に彫り込まれていましたが、あれは南洲の直筆ですか。

稲盛 はい。あれはうちの労働組合が京セラ創立何周年でしたか、作ってくれたんです。六個ほど作りまして、各工場と本社に寄贈してくれたんです。

新井 ああ、組合が。

稲盛 創業の時に、この会社を創ってくださったお1人の方が南洲の、複製の書を持って来てくれまして、「あなたは薩摩さつまの出身だから、会社創業のお祝いにこれをかけておいたらいい」と。それで、表装して額に入れ、それを1つしかない応接間に掲げ、社是としてスタートしたわけです。

新井 ああ、そうですか。
きょうはお会いするので、あなたの書かれた『新しい日本 新しい経営』という本を拝読させていただきましたが、「従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の発展に寄与すること」という経営理念に敬服しました。
私どもの経営の要旨に、「社会、公共の福祉に貢献することを期する」というのが第1条にある。住友の事業も国家社会のためにならなきゃいかんということを先人が教えてくれているわけですが、ここのところ、バブルその他で必ずしも住友全体がそうなっていないということに、内心忸怩じくじたるものがあります。
しかし、35年前に、最初8人で始められ、従業員が辞めると言ってこられた時に、その理念を思いつかれたということに感動しましたが、説得は随分と苦しいことだったでしょうね。

稲盛 そうですね。何が一番苦しかったと言いますと、私は自分が持っていた技術を世間に問う場として、会社を位置づけていたんです。サラリーマンではなく、私の会社で、8名の人間が一緒になって、どこまで私が持っているファインセラミックという技術が世間に通用するか試してみようということで、会社を始めたんです。
そこへ従業員が、「今度のボーナスはどうしてくれるんだ、来年の昇給はどうしてくれるんだ」と言ってきた時に、なぜ、そんなことを私が約束しなきゃならんのかと、腹が立って、どうせ1年前に入っただけの連中だし、もう1度ゼロからやり直せばいいや、とこう思ったんですが、「しばし、待てよ」と思って説得をしました。
「会社はできたばかりなのに約束なんかできるわけがないでしょう。一緒に頑張って会社を大きくしていこうというのが、僕の考えなんだよ」と言うと、「それじゃ、不安ですから辞めます」と言う。

それで3日3晩よく考えたんですが、その時に、企業というのは従業員を雇ったら、その瞬間から、その人たちの生活の面倒を見なきゃならんのか。親兄弟でもないのに、昨日まで赤の他人だったのに、なんで責任を持たねばならんのかと思って、実は大変がっかりしました。
自分が研究開発してきた技術、またいまから研究開発するであろう技術を世間に問う場として京セラを続けておったのに、そんな高尚なことではなく、日々の従業員の給料を稼ぐのが会社だというのでは、高い志が地に落ちたみたいに感じたんですが、それが会社というものなら、そうせねばならぬと思い直して、若干惨じゃっかんみじめさがあったもんですから、併せて人類社会の進歩発展に貢献しようというふうに、もう1つ付け足したんです。
だから、当初は不満たらたらで、そういう社是を作ったんですが、よかったと思いますのは、自分を無くして従業員の物心両面の幸せを追求する、としたものですから、従業員に遠慮がなくなりました。

新井 ああ、なるほど。

稲盛 私は7人兄弟で、両親も田舎におって大変貧乏をしてきましたので、せめて大学を出た私が親兄弟の面倒をみなければならないのに、それはみられないままに従業員の生活をみなきゃならん。
だから、「私は必死で皆さんを守っていきます。その代わりに、皆さんの生活を守るこの会社を立派にするためには、何の遠慮もしませんよ」と。
つまり、これを社是にしたばかりに私は従業員の人に妥協せず、ストレートにものを言うようになりました。私は皆さんのために先頭を切って苦労しているんです。皆さんだってついてくる義務があるはずだ、と……。
ですから、労使関係も非常に順調にいったような気がします。

住友生命保険名誉会長

新井正明

あらい・まさあき

大正元年群馬県生まれ。昭和12年東京大学法学部法律学科卒業。同年住友生命保険に入社。13年に応召、ノモンハン事件での戦傷により右脚を切断。15年復職。25年取締役。33年常務。38年専務。41年社長。54年会長。61年名誉会長に就任。長年、安岡正篤氏に師事し、関西師友協会会長も務めた。平成15年死去。著書に『古教、心を照らす』『心花、静裏に開く』『先哲の言葉』(いずれも致知出版社)。

動機は善か、私心はないか

新井 そういえば、松下政経塾の一期生に小野晋也という非常に優秀な代議士がいるんですがね。それが私の所へ毎月機関誌を送ってくるんですが、その中の「心の言葉」という欄に、あなたが自民党の新世代の会というところで、「その動機は善なりや私心なかりしか」という、事を始めるに当たっての信条を話されたそうですが、参加者一同、心の深いところで共感し、強い感銘を受けた、と書いていました。

稲盛 ああ、そうですか。

新井 ただこの「私心なかりしか」。これがなかなか難しい。逆に言うと、そういう心境になった時に勇気が出るってことですね。

稲盛 だと思うんです。そういう意味では住友系の企業グループの経営理念といいますか、家訓の中に素晴らしいものがあるということを、会社を創った頃に知りまして、尊敬申し上げていました。
それは、会社を創ったばかりの頃に会社経営の規範になるべき思想というか、哲学、そういうものに飢えていた時期がありましてね。結局、物でもない、金でもない、技術でもない、やはり人が持つ哲学というのが1番大事じゃないかと思って悩んだ時期があったんです。

新井 ああ、そうですか。

稲盛 そして会社も大きくなってきて、当初は地銀の京都銀行さんがメインだったんですが、都市銀行さんが盛んに、「うちと取り引きを」と言ってこられるようになってきました。その中に住友銀行の京都支店長さんもおられまして、私も住友と取り引きをしようかなと思っていましたが、ある友人が、「大銀行は調子のいい時は来られるが、悪くなった時は逃げ足が速い。中でも住友が1番速い」という(笑)。
私は、銀行もどういうポリシー・哲学で経営しているかであって、単に逃げ足が速いということではないと思っていましたし、当時頭取だった堀田庄三さんの発言も新聞・雑誌で読んで、大変素晴らしい哲学をお持ちのようなので尊敬しておりました。そこで、ともかく直接堀田さんにお目にかかって住友銀行を評価してみたいと思いましてね。

新井 ええ(笑)。

稲盛 若気の至りですね。それで支店長に、取り引きをするもしないも、おたくのトップに会わせていただきたい、会った上で決めたいとお願いして、大阪の本店に行ったんです。
それで応接室で待っていましたら堀田さんが出てこられて、「京セラの稲盛さんという若い人がみえるというので、私も期待しておった。きょうは私があなたに面接される。冷汗ものだなあ」と……。

新井 (笑)。

稲盛 それで、私は恐縮して、「いやそういうわけではないんですが、取り引きをしてくれと言われるし、私もしたいと思っているんですが、銀行というのもトップの持つ哲学そのものだと思うので、堀田さんにお目にかかって決めたいと思って来ました」と言ったら、「なんとおかたいことだろう。そんな厳しい面接だと、私は多分駄目でしょうな」と、しょっぱなからあしらわれて話が始まったものですからね。
私は、「本で読んだのですが、堀田さんは素晴らしい哲学をお持ちなので、そういう哲学というのに私は非常にかれる。そのために住友銀行さんに親近感を持っています」と言いましたら、堀田さんが「稲盛さん、あんた年いくつや」。その時30半ばでしたが、そしたら「そんなに若いのに老成したようなことを言っちゃいかんよ」と。

京セラ会長

稲盛和夫

いなもり・かずお

昭和7年鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。34年京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、平成9年より名誉会長。昭和59年には第二電電(現・KDDI)を設立、会長に就任、平成13年より最高顧問。22年には日本航空会長に就任し、27年より名誉顧問。昭和59年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰している。また、若手経営者のための経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注いできた(令和元年12月に閉塾)。著書に『人生と経営』『「成功」と「失敗」の法則』『成功の要諦』、共著に『何のために生きるのか(四六判・新書判)』(いずれも致知出版社)など。